ロジパラEXT
□ロクデナシ戦線
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[犬神さん、考える]
芝祈さんが立ち去り数時間。
芝祈さんの言うように
もう一度生きるべきか
死神として潔く死ぬべきか。
ベッドの上でずっと考えていた。
メフィストが言った通り
己の生涯に意味を見いだせずに。
ヘカテーの言葉や我々のルール
己が信念を貫くならば
やはり導き出される答えは一つだった。
それを即決できないのは、少し
垣間見てしまったからだろう。
私の世界とは違う異質な選択肢を。
『きつねさん!!』
バタンと、ドアが勢い良く開いて
またメフィストかと一瞬身構えたが
息を切らした ヨルムンガンドが
部屋に飛び込んできた。
『あ、ああ。ヨルムンガンド・・・一体どうしました?』
『す、凄いものを見たのです・・・奥さんと、一緒に見物してきたのですが、凄いものがいっぱい、ヒゲのオジサンの部屋にいっぱいいるのです・・・小さくて可愛いのと、大きいのと、長いのと、とにかくいっぱい!!私、あんなの初めて見ました!!』
『ヒゲのオジサン?・・・ああ、真木政ですか』
『はい!だから、きつねさんも一緒に来るんです!!私、きつねさんにも見せたいのです、ビックリしますよー?楽しいですよー!!』
腕にしがみついて、そう急かす彼は
子供のように笑っていた。
あの時、クッキーを食べながら
グスグスと泣いていた
あの子とは、まるで思えない程。
明るくて、愉しげで。
こんな風にも笑えるのかと。
胸の奥に少しだけ。暖かいものを感じた。
『あ、すいません。まだ身体痛いですか・・・?』
『いやぁ、大丈夫ですよ。此処での治療のお陰で。どんどん良くなってるみたいで』
そう。どんどん。何をしたんだか知らないが
私の本来の回復能力を遥かに上回り
時間が経つに連れ力が戻ってる感じがする。
現に数時間前より、楽に身体を動かせる。
今朝は、上半身を起こすので
やっとだったのに───────。
『それは良かった!じゃあ、一緒に行きましょう!!ヒゲのオジサンの所で奥さんが待ってるのです!』
『ええ、ですが、ヨルムンガンド。走らない方が───』
───────────ズベシッ
『・・・ほら、ね?走ると危ないですよ』
『・・・大丈夫です』
言ってる側から床につまずいて転んだ彼に
申し訳ないとは思ったが笑ってしまった。
ヨルムンガンドは恥ずかしそうに俯いて
また私の腕を引っ張った。
『そんなに焦らなくても。待っていてくれるでしょう、彼女は?』
『違うのです、それは判ってます。奥さんはいい人ですから。でも、私、早くキツネさんにも見せたいのです。楽しいものいっぱい見て欲しいのです』
『何故?』
『魔王様が、言ってたんです。キツネさん、例え助かっても、死神としてのプライドが邪魔するから、きっと悩んで悔やんで死んじゃうって・・・。死にたがるって。でも私、そんなの嫌だから、キツネさんに沢山、楽しいもの見せてあげたいのです』
メフィストフェレスは、正しい。
彼は死神の何たるかを充分理解している。
現に私は、それを選ぼうとしていた。
だけど────・・・
『アナタは。本当に。心の優しい子ですねぇ』
判断を鈍らせ狂わせる。
彼だけが想定外なのだ。
どうしてか。そう素直にぶつかられると
とても愛おしく思えてしまうのに
その感情の分類が判らない。
親愛。友愛。恋愛。情愛。
判らないけど。ただ強く抱き締めたくなる。
『キツネさん?』
『アナタみたいな人が、側にいてくれたなら。私はきっと違う道を歩んでいたでしょうねぇ・・・そんな風に思われたのは初めてです。私の世界は、とても寂しくて冷たい所でしたから』
『・・・、うーん。海の底みたいですねぇ。私も淋しいのは嫌です。だから、可愛いのとあったかいのは、むぎゅーってしたくなるのです』
そう言って、私の背中に
腕を回して彼はクスクスと笑った。
よく笑う。笑ってくれる。
こんな私に、笑いかけてくれる。
だから自分のした事、された事を考えて
どうしようもないほどに
胸が痛んでしまうのだ。
ヘカテーは、こんなに暖かい生き物を
殺戮兵器に使う気なのだから。
『・・・き、キツネさん、苦しいです』
『───ヨルムンガンド』
『はい?』
『・・・私を許してくれますか?』
『ゆるす?キツネさん何かしましたっけ?』
『私は君を、余計な事に巻き込んでしまった。とてもとても危険な事に』
『うーん?大丈夫ですよー?今の所、何でもありませんし。何かあったら金鎚でガツーンですから。キツネさんがごめんなさいするような事は無いのです』
『・・・、ヨルムンガンド』
『ねえ。キツネさん。死んじゃあ駄目ですよ?私、沢山沢山、楽しいもの探しますから、一緒に見ましょう!!』
魔物の本能に目を瞑ってまで
家族を守ろうとする芝祈さんの気持ちが
少しだけ判った気がした────。
きっとこれなんだ。
私がもし、生きる事に
理由をつけるなら
彼がいる世界だから、で
いいのかもしれない。
こんな私の為に笑ってくれる彼の為。
誰よりも暖かくて優しい生き物ならば
このくだらない命に代えて
守る事も許される気がして。
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