ロジパラEXT

□Old Garden
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[参謀は恋に散る]




遠い昔から神々と巨人族は
相容れない仲だった。
互いに互いを天敵として
滅ぼし合うように作られていたから。
誰に?何故?そこに答えなんて無いが
そう言うものなのだから仕方がない。
理由なんて時には無意味なものだ。
探せば幾らでも転がっているし
些細な亀裂が歪み腐って
原型を見えなくする事だってある。
だから、歴史に必ず
意味があるとは限らない。
用意された摂理に疑いを抱く事ほど
馬鹿げていることはない。
けれど俺が。その理由を
少しばかり疑問視していたのは
神でいて巨人の血が流れている
『半端者』だったからかもしれない。
神々の傘下にありながら
天敵とされたもので出来ているなんて
矛盾しているし、何よりナンセンスだ。
言ってしまえば『異端』
筋道からは遠く外れている。
あまり覚えてはいないが
俺を生んだものも、きっと
異端だったのだろう。
だから、俺のような心無い
なり損ないが生まれるんだ。





『─────と。言うわけだ。奴らを滅ぼすか、我々が滅びるか。終末はすぐ其処まで来ている。お前の知恵が必要だ』




『巨人狩りねぇ。簡単な話じゃないか。そうなる前に著しく敵を減らせばいいんだ。争い事の勝敗は、いつだって火力と数字の優劣だ。まあ、あちらの地形には俺もあまり詳しくない。偵察がてら少し散歩して来るよ。たまには自分で動かないと身体が鈍ってしまうからね』



『ロキ、呉々も慎重にな。敵地に単身で乗り込むのは無謀な事だが。それより何よりも。お前は、戯れにやりすぎる節がある。偵察だと言う事を忘れるな』




『・・・そう言うけどねぇ。目立って邪魔なものは刈り取らないと、後々面倒だろ? それこそ狩りだよ、狩り。この世のあらゆる出来事はね、俺にとってお遊びなんだよ、オーディン。散歩も、狩りも、食事も、読書も。俺に言わせれば全部が同義だ。長く長くを生きていれば、最後は悦楽に尽きるだろ? それだけなのさ』




『・・・。やりすぎるなよ、ロキ』




参謀長と言う肩書きは
あまり好きじゃなかった。
どちらかと言えば
身体を動かす方が好きだったから。
でもそれが義務になると
途端に嫌気が差すもので。
だから権力と言う重苦しい言葉さえ
自由を獲る為には必要不可欠な
アビリティーの一つだった。
俺は、何より、誰より
『自由』でいたかったから。









『────────〜♪』






その頃は、巨人族なんて。みんな
殺してしまえばいいと思っていた。
俺が生きるのに差し支えるから消す。
自由の妨げになるものだから消す。
明確な理由を持てば
至極簡単な話だった。
とりあえず一番最初に
目に入ったモノの首を
オーディンへの手土産にしようと
そう思って狩りに出たんだ。
女だろうが子供だろうが
別に何だって良かった。
あの日『彼女』を見初めるまでは
自分以外の命に
まるで興味が無かったから。




(・・・歌?)




『──────────〜〜♪』




(・・・、歌ってる)





花園に遠く、風に乗って
聞こえて来た微かな歌声が
どうも気になってしまって、
目を凝らして、耳を澄ました。
その声をゆっくり辿ると
花びらが舞う景色の中に一点
眩く『神聖なもの』が
目に飛び込んできた。
花の色をした長い髪が
歌声と風に流れ靡く。
白い肌と淡く蒼い瞳を携えた
美しい生き物だった。
俺は今まで見たことのない
『完璧な美』を前に息を呑んだ。




『────〜♪』




『・・・、あ』




『───? 』





振り向いた彼女と目が合って
一瞬で心臓を焼き尽くされてしまった。
何て、何て、眩い生き物だろうか。
美しいなんて。そんな言葉じゃ
足りないぐらいに。清らかで、神々しくて
まるで『聖女』のように見えた。
俺は平静を装う事もできずに
取り繕いの言葉を並べて、笑った。




『あの・・・今の歌は、君が?』



『・・・そうですけれど。あなたは、誰?』



『あ、ああ。俺はロキ・・・旅人だ。君は?』



『私はアングルボザ。ヨツンヘイムの巫女です』




『そうか、アングルボザ・・・。君の歌声があまりにも綺麗だったから、惹かれて此処へ来てしまったんだ。良かったら、もう一度聞かせてくれないか?』



『・・・、ふふ。ロキ様は歌がお好きなのですか?』




『ああ。そうだな。音楽は好きだよ』




『じゃあ─────』




そう微笑んでまた歌を歌う。
俺は高鳴る心音を
抑える事が出来なかった。
全身が、震えるような衝撃。
甘く甘く身体に染み渡る
彼女の全てに捕らわれる。
胸が張り裂けそうな
とんでもない感情だ。
欲しい。今、目の前にいる
この美しい生き物が欲しい。
俺の本能が、狂ったように
それだけで満たされていくのを感じた。
『触れたい』触れたい、触れたい。
抑えきれない程の情欲が溢れ返り
その歌声に興奮を覚える。




『アングルボザ、』



『はい?』



『君の声は、綺麗だね』



『え?』



『声だけじゃない、その。とても綺麗だ、君自身が』



『・・・ロキ様?』




『───だから。だからね。どうしても君が欲しくなってしまった。悪いが、一緒に来てくれないか』



『一緒にって・・・?』



『どうか───』



『・・・いきなりそんな、困ります。私、この花を摘んで帰ってお父様にお薬を作らなきゃいけないの。だから、もう帰らないと───』



『───。花? ああ、そうか。そうだな。いきなり、こんな事を言うのは違うな。それじゃあ。まず、その必要性を無くそうか』



『え?』



『君の帰る場所を無くす事から始めるべきだったね。その方が判りやすい。君と愛を紡ぐには、少しばかり俺の手札が足りないから。この花園も、その父親が待つ家も、全部焼き払ってしまえば多少は有利に事が進む。簡単な事だ』



『何を・・・言ってるの?』



『アハハ。素晴らしいね。一目惚れだよ。信じるかい? 俺は君と出会った瞬間に、恋に落ちた。初めてだよ、こんな気持ちは。全身を駆け巡るような甘い衝撃だ。俺は今、君が欲しくて堪らない。だから意地でも連れて帰りたいんだが。それをするには、君の家も家族も邪魔だろう? 消し去るべきだなって 』



『貴男・・・それ、本気で言ってるの? だとしたら、おかしいわ』



『おかしい? だって俺は君が欲しいのに君が俺と来てくれないと言うなら、そうするしかないじゃないか。君が俺を選ばないなら君の居場所を悉く壊すしかない。俺を選ぶように道を塞いでしまうしかない。仕方ない事だろ?』



『・・・、あなた、どうかしてるわ。突然、現れて、そんな・・・』



『そうだなあ。うん。よく言われるよ。俺はおかしいって。みんなに言われる。でも、素直なだけだよ、自分の気持ちにさ。そうしたいから、そうするんだ。君が気に入ったから、側に置いておきたい。君の事をもっと知りたい。君が欲しくて欲しくて堪らないから、君にも気に入られたいと思う訳だよ。それの何がいけないんだ?』



『───ロキ様。それは、ただの欲望です。恋でも愛でもなく、ただの独りよがりな思い込み。私、貴男にはついて行きません。父が待っている家に帰ります』



『そうか、残念だなあ。じゃあ、まず。この花を焼いてしまおうか。薬になるって言っていたもんね』



『!!』



心無く。傷つけて
その心内に入り込もうとした。
それ以外にやり方を知らなかった。
指先から解き放つ蒼い炎は
花園を瞬く間に焼き払って
彼女の悲鳴を轟かせる。
俺は構う事もなく、落胆する彼女を
思いっきり抱き締めた。
ふわりと花の香りがして、
また胸を焦がす。
けれど本気の拒絶は力強く
俺の頬に痕がつくぐらいの
平手打ちをくれた。




『最低・・・!! どうしてこんな酷い事をするんです!! どうして───』




『だから。さっきから言ってるだろ。君が欲しいんだよ。綺麗だから。その全てが、あまりにも』



『私は、貴男をよく知らないし、少なくとも。こんな酷い事をされて、好きになんてなれないわ!!』



『すぐに好きになれとは言わないさ。ただ俺を選べと言っているだけだよ。君が頷くだけで俺は満たされる』



『・・・埒があかない。離して!』




『だめだよ。逃げるだろ? この手を振り解いて逃げるなら。此処だけでは済ませないよ。みんなが死ぬ。君のせいでね。君だって死ぬかもしれない。予期せぬ事でね。俺は見境がない。だから、この国を破壊するなんて俺には造作もない事なんだよ、アングルボザ』



『・・・』



『ねえ。おいで。俺と一緒に行こう。大丈夫、何も怖くないよ。俺の手を取るなら、これから起こるどんな大きな争い事からも、アースの連中からも。君だけずっと。ずーっと守ってあげるから』



『・・・、ロキ様。貴男。もしかして。ヴァルハラの────』



『さあ。どうでもいいだろ、そんな事。俺は君に一目惚れした旅人だ。君が愛しくて仕方ない。だから、どうか・・・』



跪き、手にキスを。
俺を嫌悪して睨みつける眼差しも
拒絶の言葉も、感情も
ただ、ただ。美しい。
その瞳に俺が映ってる事自体
何より甘美なのだ。
俺は、ざわつく心臓の言いなりに
彼女を抱き寄せて口付け
高ぶる気持ちの全てを注ぎ込んだ。
嫌だと抗う彼女の声も顔も
浮かんだ涙も愛しくて愛しくて
どうしようもなかった。
どうしようもないから、そのまま。
ケダモノみたいに彼女を抱いた。
悲鳴なんて聞き慣れてる。
悲願を踏みにじる事に
躊躇いなどない。
気が狂いそうなほどに
激しく蹂躙し続けた。
彼女が俺を受け入れるように
俺が、その意識に染み渡るように。
それしか、やり方を知らなかった。
とっくに狂ってたのかもしれない。
彼女を一目見たその瞬間から
俺は。彼女に全てを捕らわれたんだ。
蠍のように強い毒が俺を蝕んだ。
それは狂気と純粋の狭間
紙一重の『恋』だった。




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