ロジパラEXT

□魔王様の葛藤
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[それは美しくも悲しき]




それは遠い遠い昔話。
とても不幸せな男の哀れな物語。




『惨めだわ、イノセント。また死のうとしたの?』



『・・・』



『その汚い傷を晒さないで頂戴。見たくないわ』



『・・・はい』



『ねえ。どうせ死ぬなら・・・どうしても死にたいと言うのなら・・・人目につかない場所でね。嫌よ、その辺で死なれたりしたら、町の人達にどんな目で見られるか』



居場所の無い彼の
唯一の救いは自殺願望。
ただ、愛に飢え、歪み。
溺れ狂っていた。
傷だらけの身体も、穴だらけの心も
心無く、残酷な彼女を求めていた。
それが例え魔性であったとしても
彼女は何より美しかったから。



『・・・、』



否定と拒絶が染み渡る程に
麻痺した感覚は既に狂人。
ふらふらと。力無く歩く彼を
止めるものは何一つなかった。
ふらふらと。何処か遠くへ。
彼女の言葉こそが全てであって
それに従うのは
当然の事だったから。
死ねと言うなら。
必ず死んでみせるから
少しだけ、彼女の愛が欲しい。
いつもそう思っていた。



『・・・疲れた』



なのに、どうしていつも
あと一歩を踏み出せないのだろう。
手首ではなく、首筋に刃を。
何故こんなに簡単な事が
出来ないのだろうか。
自問を繰り返しては答えに失望する。
全ては彼女への愛に尽きるのだ。
どれ程までに否定されようと
どれ程までに憎まれようと
彼女に愛されたい。
ただ、その為に生きていたから。
唯一の未練は愛されたいと言う
純粋な願望で、それが
彼の決意の邪魔をする。



『・・・情けないなあ』



夢に見るほど、恋い焦がれる。
あの人が自分を向いてくれたなら
どんなに幸せなのだろう、と。
父ではなく、弟でもなく
自分だけを愛してくれたなら。
悲しくも、亡き母に良く似た自分を
憎み蔑むのは当然だと
心に言い聞かせながら。
悪いのは自分だと
自らに呪いをかけた。
だけど。もしも、許されるなら。
彼女の側にいて。
共に笑ってみたかった。
哀しい言葉じゃなくて。
温かい言葉が欲しかった。
矛盾と悲観を繰り返して
ボロボロになった心を引きずり
痛いだけの幻想に踊らされる。
哀れな彼は「温もり」を知らずに。


 
『・・・汚いなあ。本当に』



傷だらけの腕は歪で
血に汚れた包帯が
とてもくだらないものに見えた。
何だか、情けなくなって一人、笑う。
結局、今日も死ねなかったのだ。
惨めで、愚かで、自嘲に暮れて
ふと、我に返って。泣いた。
とめどなく溢れる涙が
くだらなくて。くだらなくて。
何もかもが馬鹿馬鹿しくて。
けれどやっぱり棄てきれないのは。
どんなに歪もうとも、彼は
ひ弱な人間だったからだろう。
宛もなく、遠く。ふらふらと。
微睡みの中を彷徨いながら
痛む胸に、奇声をあげた。
それは。彼の中に少しだけ残った
抗いの咆哮。誰かに
助けて欲しいと泣いていた。





───────────例えば。




例えば。少しだけ。
彼女に心があったなら。
きっと少しは違ったのだろう。
彼が少しだけでも、愛を。
家族の愛を知っていたなら
きっと何かが違ったのだろう。
けれど、誰も。誰一人も。
純粋な彼にまともな愛情を
与えなかったものだから。




『・・・・、』



いっそ死ねたら幸せだったろう。
躊躇わずに死ねたら。
これほどまでに歪み果て
苦しまずに済んだだろう。
彼が何をしたと言うのだろうか。
悉く心無い世界に踏みにじられて
愛と紛う執着以外に
何を見いだせば良かったのか。
愛情を知らない彼に
優しい答えは見つけられなかった。
散々、彷徨って尚。
未練と覚悟の狭間に揺れて
今日も生死を決められなかった彼に
帰る場所など有りはしなかった。
現実が突きつけたものは
彼にとってあまりにも残酷な世界。
そよぐ風。葉擦れと揺らぐ黄色い花。
生まれ育った家。
見慣れた窓の向こうに見えた景色は
何事もなかったかのように
笑顔を湛え食卓を囲む三人の姿。




『・・・、』




────魔が。差したのだろう。



惨劇は。ある晴れた昼下がり。
自分がいなくても世界は回る。
自分がいなくても
幸福は其処に在る。
極寒に囚われた心を掲げて
暖かい世界を目の当たりにして
誰が孤高と生きられようか。
愛を知らず、温もりも知らず。
優しいだけの父と綺麗なだけの母。
そんな両親からも深く
愛情を注がれた弟。
家族だ。それが、家族。
彼がいても。いなくても。
世界は平和に回り続けるのだ。
彼の世界にだけ、結末を告げて。



『ああ、そうか・・・僕は未だみんな愛してる』



半笑いを浮かべて、泣いた。
彼の心は。その朝。
粉々に砕けてしまって────。
その数分後。全ては赤に染まる。
完全に壊れてしまった彼には、もう
紛い物の愛情すら
残ってはいなかった。
歪み腐った日々の崩壊。
彼も、家族も。世界も。
全ては赤く記憶の中で眠りにつく。
血と炎と悲鳴に彩られて。
それは、とても不幸せな男の
短く哀れな物語。






『よぉ。人間――――』





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