ツガイドリ

□碌でなしは愛に焼かれる
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[そして彼は有罪となる]



『お願い、助けて!!私殺される、アイツに殺される!!』


『ワタヌキ、退け!!そのアバズレは口で言ったって判らねぇんだよ!!』



頭の沸いた同僚は。鉄パイプを引き摺って
喚きながら。女を追い回してた。
バーで楽しく飲んでいたのに
助けてって。彼女が俺に泣きついて来たから
シカトする訳にもいかなかったんだ。
ご自慢だった筈の顔を
滅茶苦茶に腫らしてさ
濃い化粧も崩れちまって
ドス黒い涙を流しながら
必死でそう叫ぶもんだから。
何かもう哀れで。どうしようもなくて。
見るに耐えないもんだから
仕方ないかって。諦めたんだよ。
誰にでも股開く馬鹿な女だったけど
そんな生き方しか出来ねぇんだなって。
そう思ったら、自然とさ。



──────────グシャリ



猥雑な街の片隅。路地裏の出来事だ。
同僚から鉄パイプ取り上げて
何回かぶん殴ったら呆気なく死んだ。
仲間には気のいい奴だったんだが。
単純なのか。カッとなりやすくて。
女には手を上げる『糞野郎』だった。
けど、軍人が仲間殺しなんて
シャレにならねえんだよな。
まあ。後悔は先に立たねえし
実際どうしようもなかったから。
遺体は近くの山に埋めた。



『ハルオミ・・・ごめんなさい、ごめんなさい・・・』



『なあ、男はさ。ちゃんと選ばないと。後腐れるよ』



『ハルオミ・・・私、』



『元カノのお願い聞いて、友達殺しちゃう俺も俺なんだけどね』



『・・・・っ』



『ほんと。男を見る目が無ぇなあ、お前は』



その日。ありったけの金と
好きだったミュージシャンの
レコードだけ持って。
俺は生まれ育った街から姿を消した。
行く宛も。頼れる人間も。
何にも持ち合わせてはいなかったから。
気ままに独り。流れ流れて。
どれぐらいそうしてたか
あまり覚えてない。
思い出にしたいようなものが
残るような人生でもなかった。
悪夢だ。全て悪い夢の中の出来事。
いよいよ金が尽きる頃には
後腐れの無い死に方について考えていた。
生きられる分だけは生きたのだから
次は死ぬ準備をしなければ。
残った財産はレコードだけ。
いいね、いい具合に空っぽだ。
家族も。友達も。恋人も。自分自身も。
全部とっくに捨てちまったから。
だから働く事はしなかった。
生きる為の悪足掻きをしなかった。
そもそも人殺しじゃ働けやしねぇし
今更誰かに迷惑かけんのも後味悪いしな。
なんて、小さな贖罪のつもりで。



『・・・お前、それ。そのロックバンド。好きなのか』



『ああ。どちらさま?』



『この街にゴミが転がってんのはザラだが。ゴミん中にはたまに、掘り出し物が紛れ混んでる』



『・・・、このレコードとか?』



『だな』



路地裏で。眠っていたら
兎のような男と出会った。
白銀の髪と赤い目をした。
アルビノと言う訳ではないようで
日差しを気にすることもなく。
けれど、兎と呼ぶには目つきが。
どうも此方側のような気がして。
もっと悍ましいもののようにも思えた。
狼とかハイエナとか。
質の悪い肉食獣みたいに。
『そのレコード、売るつもりねぇか?』
そう聞かれたから
『あげるよ』とだけ返すと
『ただより高いものはねぇって言うしな』と
俺の手を引っ張って立つように促された。


『だったら酒ぐらい奢らせろ。それで成立するだろ?』



『昼間っから酒かあ。いいねえ、少し甘えようかな』



最後に一杯。そう思ったから
その手を取ったんだ。
別に見返りなんざいらなかったけど
そーゆーのを気にするタイプらしい。
『律儀だな。あんた』と嫌味半分に呟くと
彼もまた嫌味に笑って



『俺は死に損ないをよく拾うが。失敗したことがねぇ』



そう返された。ああ、何かやっぱり。
まだ死ねそうにないな。
別に成り行き任せの人生だ。
焦る話でもなかったから
少しだけ彼の酔狂に付き合う事にした。
好きなミュージシャンが同じだった
ただそれだけの邂逅に
少しばかり寿命を延ばされただけ。
このレコードが無くなって
俺自身もいなくなって。
俺がアイツを殺したって事実さえも
いずれ風化して消えて行くように願う。
彼女が。あの夜の全部を
忘れられるようにと。
罪は償える、なんて。あんなの嘘だ。
犯した罪は決して消えない。
死ぬまで、この身に纏わりつく。
きっと死んだって纏わりつく。
だから、軽率に死んだりはしない。
でも生きる為に抗いもしない。
最後の酒を楽しんだら。ゆっくり。
今度は誰にも見つからない場所で
静かに眠ろうって。


その時は、そう思ったもんだから。



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