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□[I]ntroductio[N](外伝)
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─[I]ntroductio[N]─





『アカシックレコード』には
存在しうる全ての世界の出来事が
項目として分類されている。
自分が生きてる世界の話だけでも
ダラダラ長ったらしいってのに、
全部にいちいち目を通すほど
時間を持て余してもいない。
開けば魔力を吸い上げられるし
何なら命も喰われてしまう。
結構、本格的にやられてしまうから
簡単に使役出来るもんじゃない。
未来が記載された
『便利でお手軽な預言書』と言うには。
ちょっとばかり、負担が多くて。
だけど。一度だけ。酒のつまみに
『別の俺の話』と言うやつを
読んでみた事がある。
深い意味なんざ無かったが
ほんの気紛れ。まあ、真剣に読み耽る程
大したものでもなかったけれど。
あらゆる世界に散らばる
『同一存在』の中の一人の話だ。
くだらない事この上ないが
秋の夜長の『暇潰し程度には』って。





『・・・「ヴィルヘルム・テスタメント」』




適当な世界の話を探して
適当な自分の話に目を通す。
パラパラと。飛ばし読んで
『聖書』の名を持つ俺を見つけた時には
その皮肉に笑ってしまった。
俺が『冥府の屍王(バケモノ)』で
『創世の魔物』の一人だってのに。
同一存在が『聖書』だなんて。
あんまりな話じゃないか。
可能性を追求すれば
生き様はそんなにまで変わるのか。
ほんの些細な興味から
その生涯を目で追ってみた。
僅か数百のページに綴られた短い生涯は。
時間潰しにも丁度良い。
どうやら、彼は名前の通り
上位世界の生まれらしく、階級は『断罪者』
俺と真逆のくせに似たような仕事をしてる。
そーゆー奴だった。





『・・・イザヤ・シグレ?』






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第四章 52頁
─破滅に至る、その経緯─




『おはよう。ヴィル。今日は、とてもいい天気だ。久々の青空だよ』



『ああ。本当だ。少し目が痛いな』



『今日は昼から仕事が入ってるんだ。だから、帰りは少し遅くなるかもしれないけど、食事は先に食べておいてくれ』



『ああ、判ったよ、イザヤ。気をつけて。ちゃんと帰って来てくれよ』



『──君は。いつもそう言うね。大丈夫だよ。心配症だなあ』




海が見える小さな街の片隅で共に暮らす。
二人が出会ってから
僅か数年の月日ではあったが。
その頃にはテスタメントも
彼を心の底から愛していた。
彼の声を、顔を、身体を、人格を。
余す事は無く、全て愛していた。
断罪者として担った役割。
執行すべきは『彼』の
処刑であったが
イザヤ・シグレと言う男は
余りにも強くて綺麗だった。
その眼は冷たく狂気に満ちていて。
自分に真っ直ぐと殺意を向けて来る様に
どうしようもなく。情欲を煽られたのだ。
一目で恋に落ちたテスタメントは
人外の強さを以てして
彼を追い詰める事に成功したが
あと一歩と言う所で剣を下ろし
いとも簡単に手の平を返してみせた。
仕えた神への反逆は彼から
純白の羽根と権利を奪い去り
遂には奈落と呼ばれた
『人の世』に突き落とされたが
彼がそれを悔いる事は無かった。
人々に不穏ばらまく死の商人に
トドメを刺す事ができなかったのだから。





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『なんか。いきなりどっかで聞いたような話だなあ。誰とは言わないけどさあ・・・ヴィルヘルム・テスタメントが「お利口さんな俺」ってのは判ったけど。イザヤってのは何者なんだろ? 死の商人? 男? 愛? ホモカップルなの? うわー。引くわー。流石は俺だね。所詮何処にいても節操なしって。うん、素敵!』




『───おお? 王様 アカシックレコード読んでるのかー。珍しいなー』



『・・・暇潰し程度にな。別の自分の話をちょっと。何だか変な感じだよ。俺には想像つかない人生を歩んでたみたい。同一存在って奴はいずれも似たようなものを築くって言うんだけどな』



『同一存在・・・、なあなあ、王様。それって。俺にもいるのかー?』



『さあ? いるんじゃないかな? 何処かには。調べてやる気はないけど。どうせ、同じような風船饅頭だろうしさ』



『おうおう! そうかそうか、俺にもいるのかー。なら嬉しいなあ。どっかで会ったら、友達になれるかなあ? 仲良くなれるかなあ?』



『・・・ん。待てよ。死の商人って事は、死をばらまく存在? 不穏をばらまく黒き妖精・・・、アンシーリーコート・・・、いや、まさか。お前じゃないよな・・・「イザヤ」って?』



『いざや?』



『・・・いや、無いな。無い。どこも美しくないもんな、お前。うん。糞弱いし、アホだし、風船饅頭だし。お前では無いな』



『何がだ?』



『まあ、いいや。もう少し先を読もう』





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月の無い夜だった。
漆黒の闇に紛れて。銃声は轟く。
屍の山を踏み荒らしながら
荒れ果てた廃屋を進むと
奥の部屋に隠れていた
『取引相手』の親玉を見つけた。
彼の仕事は危険極まりなく
こんな事は日常茶飯事だった。
数十人を相手に、たった一人で
皆殺しをやってのける。
無傷の彼に恐れをなした相手は
必死に命乞いをするが
イザヤは涼しげな顔を少しも変える事はなく
『クズが』と呟くと賺さず彼を撃ち殺した。
取引とは名ばかり。騙し討ちに遭って尚、
彼が追い込まれる事などなかった。
人生でただ一度きりなのだ。
彼が追い詰められて
身の危険を感じ本気で抗ったのは。
死の商人イザヤ・シグレ。
その強さを以てして
人類の異端であり脅威だった。
断罪すべく『悪道』
人を悲劇に誘う、悪意の伝染源だ。
悪逆非道であり、数えきれない程の
罪悪にまみれていた。




『お前達が、くだらない真似をするから。また、ヴィルに叱られる』





断罪者であるテスタメントにとって
彼は抹殺対象だったが
二人の出逢いは過ちそのもので
それが遂行されることは無かった。
互いに『唯一無二』の
存在になってしまったのだ。
初めて剣を交えた、あの日、あの時から。
ほぼ互角の強さを持ち渡り合う。
興味をそそられ、執着に彩られた。
『かけがえのない物』として
変化を辿り、共依存を生む。
それは狂気と紙一重の愛情。
誰にも理解し難い、そういうものだった。



『気持ち悪い────』



イザヤは仕事から帰宅すると
すぐにシャワーを浴びるのが習慣で
『ただいま』を言うよりも先に
風呂場に籠もる癖があった。
どうにも、人殺しの後には
身体中、全て汚れてる気がしたから。
食卓に着く頃には。
つい、さっきまでの彼とは別人で。
普段、後ろに流している髪の毛も
無造作に下ろしていたものだから
僅かに残る少年っぽさが
外に滲み出てしまっては
よく、テスタメントにからかわれた。
食卓は、いつも賑やかなもので
二人にとっては
それが至福の時間だった。





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