ツガイドリ

□愛とか恋とか名前を付けて
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─I want love─




全ては。たった数時間の出来事だったのに
俺もヴィルも思った以上にボロボロで
帰ってから、すぐにソファーに倒れ込んだ。
座っていた犬太郎が、こてんと
顔の上に倒れて来て
目が合ったような気がした。
『ただいま』と一言呟いてみても
張り付いた笑顔を湛えてるだけ。
それでも。何だか愛しくて
ぎゅっと強く抱き締めた。
外は。憎たらしい程の快晴。
日差しが真っ直ぐ入り込んで来て。
本当に。本当に。いつもと
何ら変わりが無いから。
兄貴が。俺に打ち明けた事も
俺が一度、死んでしまった事も
神の遣いだった筈のヴィルが
『魔術』を使って黒翼を倒した事も。
たった、数時間の出来事。
嘘みたいな。日曜の昼下がり。



『・・・イザヤ。お風呂。沸かすから。少し眠ったらいい』



『いいよ。シャワーで済ます。お前も休め。限界だろ。服も上着もダメにしたし。買いに行かないとな・・・けど、今は。色々疲れた。ちょっと休みたい』



『うん・・・少し疲れたね』



『かなり、だよ』



『・・・、』



『───タナトスに。言われたんだ』



『?』



『俺は。お前が作った奇跡的な可能性すら、踏みにじろうとするって』



『・・・・』




『で。余計に。死にたくなっちまった。俺が。お前を駄目にしてるような気がしたから』



『・・・そんなこと』




『けど。死なせて貰えなかった』




『・・・うん。アイツは。タナトスは、俺だから。判るよ。イザヤの事が好きで仕方ないんだ。そう簡単に逃してなんかくれないよ』



『俺じゃなく。ロキが、だろ?』



『ううん。少し生まれた場所が違うだけで。それは同一の存在だから』


『ロキも、そう言ってたな・・・』


『同一と言うのはね。何処にいたって、似たものを築くらしい。違う人生を歩んでいるのに不思議だね。タナトスは冥王。ロキは欺瞞を司る悪神。二人とも闇の中に生きてる。在る意味では、俺と君のそれと同じ』



『・・・ロキは全部失ったって言ってたよ。彼に言わせれば。俺には。まだ生きなければならない理由が、残ってるそうだ』



『うん・・・俺も。そう思うよ』



『全部どうでもいいから、死にたいって思う事は、よくあったんだけどな。幸せを見つけるまでは───って。自分に言い聞かせて来たけど。本当は全部。最初から諦めてた。俺には何にも無いって思っていたから。けど。心の底から、死にたいと願ったのは初めてだったよ。自棄じゃなく。お前や兄貴を俺なんかに。縛り付けたくないって。思ったんだ』



『・・・』



『それは、ただの罪悪感だったと思うか?』



『・・・違うの?』



『紛れもなく、愛だよ。それが俺から渡せる最大限の愛情。お前と一緒にいて、満たされて。描いてきた理想を。全部捨てても。お前や兄貴を。俺から。救いたかったんだ』



『イザヤ・・・、俺は』



『綺麗なもんじゃないな。愛ってのは。結果。二人とも地獄に叩き落として終わった。誰も俺のそれを許さなかった』



『・・・・』



『だから、やめたよ。もう。お前の事も。兄貴の事も。考えない。だから、愛し続けてくれ。ずっと。ずっと。俺は、ただ。それに報いるから』



『・・・ずっと。そう。言ってるだろ。君が好きだって』



『ああ。でも。俺が。悪道だとか。余韻持ちだとか。そう言う要らないものが邪魔するんだよ。愛と依存は、よく似ているし。依存は執着に繋がるだろ?』



『・・・、俺のこれが、ただの執着だって思うのかい?』



『思いたくないから。愛してくれ。贖罪も。意地もいらないから。お前が見てきた「俺」じゃなく、死んでいった「俺」じゃなく。今、此処に存在している、俺を愛してくれ』



『・・・当たり前だろ。最初から、ずっとそのつもりだったよ。イザヤとの思い出は、全部残ってる。でも、それは不甲斐ない俺の積み重ねてきた過ちの残骸だ』



『・・・』



『過去は。過去でしかない。不甲斐ない俺じゃ。何一つ守れなかった。断罪者の俺じゃ。いつも君を救えなかった。だから、そう在る事を辞めたんだ。あらゆる理に背いて。あらゆる罪を犯して、全部ねじ曲げて漸くここまで来たんだ。目の前にいる君以外、愛せやしないよ。今更』



『・・・なら、いい。それで』





ヴィルは。ソファーで寝そべる俺に
もたれかかって目を閉じた。
幸せってのは。気付けば
どうにも目の前にいて
のほほんと座ってるようなものらしい。
いつもと変わらない部屋の中に
何食わぬ顔をして────。
『目の前の幸せを愛し続けろ』
ロキは、そう言っていたけど
それが答えで良かったんだな。
愛された分。同じ愛を返せばいい。
深くて。溶けてしまいそうなほど暖かい。
その愛情と同じだけの質量で・・・。
ボロボロの身体とは裏腹に。
ヴィルに手を伸ばして
絡め合った指先は。優しくて
何だか酷く満たされた気持ちになった。



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