ツガイドリ

□死が二人を分かつまで
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─Please become happy─






────今でも時々、思うんだ。
もしも、あの夜。ヴィルに
出会っていなければ。
俺は、こんなに弱くは
ならなかっただろうって。
きっともっと、潔くて
怖いものなんて今更何も無いって
吐き捨てられただろうって。
だけど、あの夜。出会ってしまったんだ。
俺の全部を作り変えてしまう程
強引で、身勝手なあの男に。
何よりも綺麗で、悍ましい
『断罪者』を名乗る『死神』に。




『何をしたって。どうしたって。俺は。アンタを選ばないよ』



『・・・どうして?』



『俺の全ては。ヴィルの為にある』



『どうしてそんな事を言うの、イザヤ?』



『───同情はするよ。アンタにだってやむ得ない事情や、不都合の多少はあった筈だ。だから、別に。俺は今更アンタを憎んでない。だが「可哀想な」アンタを慰めてやるつもりも無い』



『・・・』



『もし、ヴィルに何かするってなら。俺は今此処でアンタを殺す。俺の何を無くそうがアンタを黙らせるぞ』



『イザヤ、それは賢明じゃないよ』



『それが、俺の意思だ』



『・・・、テスタメント君のせいで。そんな風になっちゃったんだね』



『ああ。自分でも反吐が出るよ。だけどアイツ以上に。こんな俺を愛してくれた奴はいない』



『・・・』



『俺はクズで、人殺しの詐欺師だ。他人を踏み荒らして生きてる。それを悪いとも思っちゃいない。それでも、アイツは。俺に寄り添う。俺と一緒に堕ちてくれる。何を無くしたって俺を離さない』



『・・・』



『・・・アンタには感謝してる。ガキの頃は、アンタが救いで。アンタだけが。俺の全てだった』



『だったら。どうして、俺を選んでくれないの? 今なら。君が欲しいもの。何だって与えてあげられるのに』



『要らない。もう。ヴィル以外。何も必要ない』



『───、』



兄貴は過去に捕らわれてる。
俺と過ごした日々も
ヒノエと一緒にいたって時間も。
全部。過去の産物だ。
その中を独りで彷徨ってる。
視界は絶望的で今もまだ夜が明けない。
だから、こんな言い方をするんだろう。
兄貴の中の俺は、未だに
父親に殴られて泣いてるだけの
『小さくて弱い弟』で
自分は。それを庇護するべき存在だと
思い込んでる。




『イザヤ』



『なん───』



兄貴は。ニッコリと微笑んで
ナイフを自分の首に突きつけると
それを躊躇いなく横に引いた。
信じられない光景に目を見張る。
一瞬、鮮血を顔に浴びたが
それはすぐに治まった。
何だ、今の・・・?
何が起こったのかまるで判らずに
『兄貴?』と問い掛けると
彼は氷のように冷たい笑みを湛えて
『俺ね、化け物になったんだ』と
ナイフを床に放り投げた。



『何、』



『断罪者の血肉を食べると、その力の一部が、宿るんだってさ』



『・・・食べる?』



『どうやら本当だったみたいで。俺、死なない身体になったんだよ。まあ、限定的ではあるけど』



『・・・食べた、のか? 断罪者を?』



『ちょっとだけね。で、取引したんだよ。俺を化け物にして貰う代わりに。彼の言う事は何でも聞くって』



『・・・彼?』



『「彼」はイザヤを「唯一」にしたがってるんだ。凶悪な君の同一存在とやらを消し去る為に。だけど俺は。君とずっと一緒にいたいからさ。まず人間でいる事を辞めたんだよ』



『・・・、何の話だ』



『この世界の神様はね、イザヤを殺そうとしてるんだって。君の運命は最初から決まってるんだ。テスタメント君に殺されるんだよ。けれど彼は・・・ルキフグスはイザヤを生かそうとしてる。理由なんてどうでもいいんだ。俺はイザヤを死なせたくない。だから彼についたんだ。だが、結果として・・・奴の介入が君の死に助長をかけてるみたいだね』



『何を、言ってる?』



『君の未来は死だ。悲劇的な結末が確定されてるんだよ。だけど。今。それを狂わせてるのは。ルキフグスと、テスタメント君だ』



『・・・ヴィルが?』



悲劇的な結末?俺がヴィルに殺される?
頭が追いつかない。処理しきれない。
どうして、と。言いたいのに
何から踏み込めばいいのか判らない。



『だから。イザヤ。俺を選びなよ。君は俺のものだから。それを受け入れるんだ。俺だけが。ずっと君の側にいてあげられる。ずっと大切にしてあげる。また仲良く暮らそう? 二人だけで。今度は絶対に離さないから』



『・・・・』



神が俺を殺そうとしたのは
『悪道』だからじゃないのか?
同一存在・・・ルキフグス・・・
ヴィルが俺の運命を狂わせてるって
どういう事だ?
俺がヴィルに殺されるって。
そう決まってるって。
兄貴は、どうして。
そんなことを知ってるんだ?



『イザヤ。俺はね。君の為なら何だってしてきたよ。人を騙したし沢山傷つけた。盗みもしたし、身体も売った。殴られても蹴られても。気持ち悪いゴミ野郎共の粗末なモノをぶち込まれたって。我慢して君に尽くした。だって、玩具を買ってあげると。お菓子を買ってあげるとさ。泣いてばかりいた君が少し笑うから、俺はそれが嬉しかった』



『兄、貴・・・』



『君の為に、全部君を守る為にしてきたことだよ。父さんから・・・「悪いもの」から。君を守る為だ。都合の悪いものは全部消し去ってきた。断罪者も出来る限り殺したよ。俺と君の邪魔になるものはみんな』



『・・・悪いものって・・・。アンタまさか───』



『そうだよ。父さんを殺したのも。君の、あの。クズみたいな後見人を殺したのも。全部俺だ。だから・・・やってることはテスタメント君と何ら変わりない。君の為に躍起になって、君の都合を整えて来たのさ。まあヒノエが無能なせいでキサラギが君を傷つけたのは想定外だったけど。ねえ、これでも。君は俺を捨てるの? 君の為にこんなにボロボロになってしまった俺を、もう要らないって言うのかい?』



『俺の・・・、』



『そうだよ、イザヤ。全部。俺は全部。君の為にやったんだ』



兄貴は虚ろに笑う。俺のせいだと。
全ては、俺のせいなんだと。
その現実だけが、ハッキリと
色濃く脳裏に焼き付いていく。
悪道だから、とか。そうじゃない。
俺がいた事で。生きてきた事で。
兄貴の、ヴィルの。何か大事なものを
狂わせていたらしい。
今更、笑ってそう話すから。
俺は何一つ、切り返せなくなる。
ヴィルを選ぶ。その意志さえも
罪悪感のように後味の悪い感情に侵されて
それ自体、過ちなのではと。
僅かに思考が揺らぎ始める。



『ねえ、イザヤ。俺と一緒に生きよう? 俺はもう何にも望まないから。君以外を必要としないから』



『・・・、俺は』



『ねえ、イザヤ』



鋭く突き刺さる言葉。
冷たい汗。乱れる心音。
判らない事だらけだった。
俺だけが。何も知らずにのうのうと。
幸せだと思い込んでいた毎日さえ
愛したものの犠牲の果てに
成り立っていたらしい。
俺が、俺こそが。
一番の『不都合』だったのだと
今になって気付かされる。
俺がいたから、みんな・・・
世界は醜いものだと無関心を装ったけれど
俺自身が、それを排出してきたなら。
愛したものすら、犠牲にしてきたなら。
そう開き直る権利すら────、



『俺の所為・・・か』



『君の為、だよ』



『──俺は、ヴィルに殺されるのか?』



『そうだよ』



『悪道だから?』



『悪道に呑まれて世界の脅威になった君を。テスタメント君が殺すんだ。そして彼も。君を追って死ぬ』



『ヴィルも?』



『そこまでが君のシナリオだ。ルキフグスが見せてくれた予言書には君の運命が全て記されていた。イザヤ、そんなの悲しいだろ? 君といたらテスタメント君は間違いなく死ぬんだよ。愛する人を失って。絶望の果てに、死を選ぶんだ。君は、それを許せるのかい? 君から離れたら。彼にはもっと違う未来が、結末が。待っていたかもしれないのに』




ヴィルが。俺のせいで死ぬと決まってる。
未来は、運命は。もう全て
決まってるだなんて、嘘みたいな話。
馬鹿馬鹿しいと
割り切ってしまえそうなのに。
そう思えなかった。
断罪者がいて。神がいて。
ヴィルにとっての『不都合』が
そこに関与してる以上。
兄貴の言葉は、真実味だけを帯びている。



『・・・ヴィルが、』



初めて。怖いと思った。
自分のせいで。大事にしてきたものが。
漸く見つけた『幸せ』が音を立てて
容易く壊れて行く、その瞬間を。




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