ツガイドリ

□それは月の無い夜の話
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─Therefore he shouts─



それは。月の無い暗い夜の出来事。




『・・・火。貸して貰えないかな』


『・・・、』


彼が仕事に出掛けた夜は
暇を潰す為に一人で街を見て歩いた。
夜の猥雑な街は、あまり美しくなく
人はつくづく愚かなものだと思いながら。
本来在るべき色彩を無視して
嘘で世界を塗り固めてるのだから。
次々にかけられる邪な声は右から左へ
金と快楽の味をしめた雌が猫なで声を出して
擦りよって来る事に悪い気はしない。
ただ、それを望めないのだ。
イザヤ以外を欲しいとは
思えなくなってしまっていた。
あの声が、顔が、身体が俺を焚き付ける。
あの冷たい眼が。俺を映す時には
溶けてしまいそうな程、暖かくて。
悪逆非道と恐れられた男が
心無いと謳われた鉄壁の男が
俺にだけは、死ぬほど甘いのだ。
こんな退屈と、虚しさで満ち溢れた
息苦しい世界の中で
俺だけに許されたものがある。
そう思えば。手放せる筈もなく。
ましてや、それ以外に向ける愛など
持ち合わせてもいなかった。
悪道だろうが何だろうが構わない。
俺は彼だけが愛しくて堪らない。
雑なネオンと人混みに酔ってくる頃には
煙草を咥えて。街外れの大きな橋で
一人。一服するのが好きだった。




『・・・何者だ、アンタ。妙な匂いがする』


『火』


『ほら』


人気の無い橋の上で。静寂を裂いたのは
目深にフードを被った怪しい男だった。
口元しか見えなかったが
嫌味に笑っているのは判った。
ライターの火を差し出すと
『どーも』と顔を寄せて
口に咥えていた煙草に火をつける。
暫くの沈黙。流れてく煙を眼で追いながら
月の無い空を見上げれば
微かだけれど、星が瞬いていた。



『──第四十五章。奇妙な邂逅。まさか俺が、こんな事に首突っ込む羽目になるとはねぇ』



『・・・何の話だ』



『君の話だよ。ってゆうか、俺の話?』



怪しげな男は俺の問い掛けに対し
真っ向からは応えず
何処にしまっていたのか
コートの内側から分厚い本を出して
栞が挟まっていた所を開くと
指先で文字を辿りながら
それを読み上げた。



『「ヴィルヘルム・テスタメントは。怪訝そうに此方を睨めつけ、煙を一吐きすると咥えていた煙草を目前の川に放った」』



『!』



今、まさに。俺が取ろうとした行動を
先に読まれて目を見張った。
それが偶然ではないことぐらい
俺にもすぐに判ったから。
男はフードを捲ると
俺とまるで同じ顔をして
ニタニタと笑っていた。


『・・・、』


『驚いた?』


『何者だ?』


『何者って、質問。難しいよね。自分が何者なのかなんて、きっと判ってる奴の方が少ない』



『・・・』



『まあ・・・俺はね。君を助けたい訳じゃないし。ぶっちゃけ、この世界の話も、君の葛藤も、どーでも良い事なんだけど。愛するロキ君の為ってゆうか、まあ「イザヤ君」の為ってゆうか? 人助けって言うのかな?』



『・・・、イザヤの?』



『俺、こーゆーの管轄外なんだけどさあ、自分の項目に気になる事が書いてあったから。来ちゃったの』



『話が、見えない』



『どうやら。俺の天敵が、この世界に首突っ込んでるらしいからさ。ちょっと引っ掻き回してやろうかなって思って。まあ。難しく考えないでよ。俺は、ただ単純に。俺以外の手でロキ君を死なせたくはないし。例えそれがどんな世界の彼であろうとも、可哀想な彼の事は大好きだからねぇ』



『・・・』



『じゃあ。火。借りたお礼に。素敵な事、教えてあげるよ。君と彼の未来について』



『・・・、』



『君とイザヤ君はね、そう遠くない内に死ぬ。イザヤ君は君に殺される。そして君も死ぬ』



『・・・、なに?』



『一から説明するの面倒臭いから。ほら。これを読むと良い。君も馬鹿じゃなけりゃ。その意味が判るだろうから。判んなければ、死ぬだけだし。俺は役割を果たしたよ』



差し出された本には
赤いラベルが貼られていて
『複製』と書かれていた。
男は俺を真っ直ぐに見つめて
『それ、あげるからせいぜい頑張って』と
言い残すと闇の中に溶けるよう姿を消した。
魔物の類なのは間違いないだろう。
ただ、もっと上位の強大な存在だ。
見たことがないほど禍々しく
歪んだ気配を背負っていた。
俺と同じ顔をした邪悪なもの。
だが、不思議と恐れは無く
敵意が湧く事も無かった。
本にパラパラと眼を通すと
俺とイザヤに関する大きな出来事だけが
事細かに記述されていた。
預言書?いや。違う。
そんな容易いものじゃない。
この重圧は『神の記述』だ。



『アカシックレコードの複製・・・、神の記述は実在したのか』



男が何者なのか知ったのは
その後の事で、同時に俺とイザヤの
救いようが無い未来についても
知る事になった。
俺は。いずれ『悪道』として
衝動に呑まれたイザヤを殺す。
そして、その後を追う。
俺と彼の間に用意されてるものは
紛う事無き『絶望』だった。
神を憎み、神を呪い、狂い堕ちる。
そうか。この愛の果ては『悲劇』か。



『・・・俺が、イザヤを・・・』



それはそれで。良かったのかもしれない。
世界には俺とイザヤの二人きり。
誰にも邪魔されずに。ずっと。
二人だけで眠っていられるのだから。
けれど。その夜の奇妙な邂逅は
俺にそれ以外の選択肢も、与えてくれた。



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