ツガイドリ

□犬の秘めたる激情
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─You aren't left─



『イザヤ・シグレー!!何処だ、出て来い、ぶっ殺してやる!!』



ベッド横の窓から明るい日差しと共に
うんざりする光景が
目に飛び込んで来たのは
早朝六時の事だった。
俺ん家の前で馬鹿みたいな男が
巨大なハサミを振り回しながら
俺の名を呼んで大騒ぎしている。
閑静な海辺の街で本当に勘弁してほしい。
俺は、お気に入りのぬいぐるみ
『犬太郎』を抱き締めながら
隣で寝ていたヴィルに
『あれ、どうにかしろ』とお願いした。
低血圧の俺には対処しかねる
『厄介事』だったから。



『面倒臭いからって、俺に丸投げしないでよ・・・』



『だってアイツ、しつこいだろ。朝っぱらから勘弁してくれ』



『それは。君が。アイツの顔(プライド)に傷つけたからだよ』



『それだけじゃないと思うんだが・・・まあ。アイツの糞みたいなプライドなんて俺の知った事じゃない。なあ、犬太郎?』


『「わん」』


『・・・わんじゃなくてさ。はぁ・・・全く。たまには静かに過ごしたいものだね』


『同感』


犬太郎をヴィルの目の前に差し出して
短い手で、彼の顔をボフボフ叩くと
ヴィルは嫌々半分に起き上がり
俺の額にキスをして
『じゃあ、ちょっと行ってくるよ』と
リビングに出て行った。
歯を磨き、顔を洗い、着替えてから
外に出て行くまで凡そ15分。
非常に悠長だが、人に押し付けた手前
文句は言えない。その間にも
カニ男は外で暴れていたけれど。
此処が俺ん家だってバレてないのが救いだ。
布団をかぶって。外の光景を
ぼんやり眺めていると
ヴィルが、つかつかと早歩きで
カニ男に近付いて行った。
かと思えば、途中から思いっきり
助走をつけて走り出し
彼の頭に跳び蹴りを食らわせた。
ヴィルの戦い方は、いつも容赦ない。
ハサミが遠くの方にぶっ飛んで
カニ男は顔面から砂浜に
思いっきりダイブした。


『うわ、痛そ』


転がるカニ男を更に踏みつけて
ぶつぶつ何か言っている。
ヴィルの機嫌が悪いのは明らかで
カニ男の頭が海面にグイグイと
押し付けられ始めた頃から
何となく、哀れになってきて
俺は犬太郎と布団に潜った。
きっとナルシストには
耐え難い屈辱だろう。
奴の俺に対する逆恨みは募る一方だと思う。
犬太郎は張り付いた笑顔を湛えて
じっと俺を見つめてる。
現実逃避には丁度いい愛らしさだ。
暫くすると、えげつない悲鳴が聞こえてきて
『ご愁傷様』と心の中で手を合わせた。


『よし。もう少し寝れるな』


数分後。ガチャッと。ドアを開ける音がして
『ご苦労さん』と声をかけると
ヴィルが『あの糞野郎・・・』と
小さく呟いて俺の上にのしかかってきた。
潰された犬太郎を引きずり出し
重てぇんだよと、頭を小突くと
彼は『逃げられた』と
残念そうに口を尖らせる。


『逃げられたのかよ』


『なんか。俺も「ぶっ殺す」って言われたよ』


『アイツ、当初の目的忘れてねぇか』


『まあ。そっちの方が楽だけどね、俺は』


『確かに』


空にヴィルを連れ戻すと言う
役割を担った筈のカニ男も。
何故か俺を殺そうと必死で
遂には、そのヴィルすらも
殺そうと必死になっている。
馬鹿なのか執念深いのか分からないが
当初の目的は何処かに
消えてしまったらしい。
それはそれでいいのかもしれないが
何せしつこく、非常に面倒臭い。
俺達もそんなに暇じゃないから
いちいち構うのも億劫だ。


『・・・、おい』


『んー』


『降りろよ。重たい』


『んー』


スンスンと。俺の頭に鼻を埋めて
『いい匂い』と笑った彼を
布団から叩き落とした。
『何するのさ』と緩く喚きちらして
再びベッドによじ登ってきたヴィルに
『眠いんだよ』と一言告げると
俺の不機嫌を察したのか
隣に寝転んで頷いた。


『うん。確かにもう少し眠りたいね』


さらりと俺の前髪を払う指先に
目を閉じて、犬太郎を抱きかかえる。
そんな俺を抱き寄せて
『もう少しだけ、ね』と
彼もまた眠りについた。
犬太郎とヴィル。犬二匹はぬくい。
暖かくて、とても。心地いい。






────────────────・・・
────────────────・・・







『──ねえ、イザヤ』


『ん?』


『今夜、仕事が入ってただろ?』


『ああ』


『提案があるんだけどね』



『なんだよ?』



『仕事。辞めたらどうだろう?』




『は?』



あれから二時間ちょっとは寝ていた。
朝食はバタートーストと
スクランブルエッグ。パプリカのサラダ。
フレンチドレッシングの滴るパプリカを
フォークに突き刺して
大口を開けたヴィルが
突然、そんなことを言い出した。
俺は飲んでたコーヒーカップを置いて
『何で?』と聞き返す。




『君、今。敵が多いからさ。あまり、外に出したくないなって』



『・・・、』



何を今更、と。思ったけれど
ヴィルの目は本気のもので返答に悩む。
敵、か。ヤヨイや断罪者以外に
『寒椿』を懸念してるのかもしれない。
ヒノエから寒椿について聞かされた時
兄貴を敵に回せるかと
俺に問いかけたヴィルは
真剣な目をしていたから。
嫉妬から来る不安材料の排除。
多分、その辺りの感情を向けられている。
彼は嫉妬深い。焼き餅なんて
そんな可愛いものではなく。
俺を独占する為なら手段を選ばない。
そう言う奴だ。



『今朝みたいな事もあるし。不意打ちで来られたら面倒だろ? だから、これから先は。俺がずっと君を守ってあげる。君は何もしなくていい。ただ、俺の傍にいてくれるだけで。そんなのってどうかな?』



『そうも行かないだろ。生きてくのに金は必要だ』



『まあ。それはそうなんだけど。その辺は心配ないかな。俺、金持ちだから』



『は?』



『これでも一応騎士団長だったんだよ? そりゃあ財産ぐらい築いてるって』



『・・・神の遣いが?』



『うん。いらない宝石とか。高価なものが沢山あるから。売れば何とでもなるよ』



『・・・』


あっけらかんと。そう話すヴィルに
新たな謎が湧き出てくる。
神の遣いって、給料制なのか?とか
宝石なんて何処に隠してんの?とか
つうか、お前って金持ちだったの?とか
次々と頭の中を過ぎってく疑問の数々が
俺から言葉を剥奪してゆく。
俺はヴィルについて、やっぱり
よく知らないんじゃないだろうかと。



『イザヤは人を殺したりさ。騙したり。危ない事をもうしなくていいよ。そーゆーのは全部、人間じゃない俺が担うからさ』



『・・・今更、そんな』



『俺はね。正直。君以外の人間なんてどうでもいいんだ。誰を殺そうが無くすモノも、痛むものも持ち合わせてない。でも君は悪道で、殺せば殺すだけ、その力を増していく。罪が大きくなればなる程、君の敵は確実に増えて行く。俺はそれが心配なんだ』



『心配・・・ねぇ』



『邪魔なものは悉く破壊すればいいだけの話なんだが。それでも。どんどん増えて行く不都合の中で。君が。いずれ誰かに奪われてしまうんじゃないかって、そう思ったら、ね』


『────それは、考え過ぎだろ。何度も言ってるが。俺にはお前しかいない。それに俺はずっと、こうやって生きて来たんだ。今更、危ないも糞もあるかよ。掃き溜めからは簡単に抜け出せやしないさ』



『でも、俺がいるだろ?』



『・・・・』



『じゃあ。言葉を変えようか。俺が寂しいんだ。だから。朝も夜も四六時中。ずっと。一緒にいてよ』



『・・・お前』




『嫌?』



『・・・何をそんなに懸念してるんだ?』



『君の心を揺らがせたり、君にちょっかいをかける目障りな連中から、どうやって君を守ろうか。真剣に考えた結果だよね』



『で、結論は家に閉じ込めるって?』



『うん。そう』



『馬鹿馬鹿しい』



『こんな風に束縛されるのは嫌いかい?』



『嫌いだな』



『そう。それじゃあ、仕方ないね』



その後。互いに会話はなく
静かに朝食を終えた。
たまにヴィルの考えてる事が
まったく読めない時がある。
ただ、そう言う時は決まって
俺を見る目が冷たくて
それ以上。言葉を
返せなくなってしまうんだ。
今夜は、取引が入ってる。
場所は市街地外れの湾岸倉庫。
すっぽかす訳にもいかない。
武器商人として、名を馳せてんだ。
それで生計を立ててるのに、今更。
裏稼業から足を洗うってのは
そんなに簡単な話じゃない。
長く『異常』に身を置いた人間は
『平穏』からは除外される。
心配してくれるのは勿論、有り難いが
平和ボケしてちゃ生きてけねぇ。
ヴィルと一緒にいたいからこそ。
この糞みたいな世界に身を置くんだ。
邪魔な奴は片っ端から、消す。
それでいいじゃないか。
ヤヨイにさえ見つからなけりゃ
特に危険な依頼でも無い。
そう思っていたのだけど────。



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