ツガイドリ

□飴と鞭の使い方
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─The brute who indulges in a pleasure─




『イザヤ、今日は外食?』


『だな。昼飯はレストランで済ませよう』


『・・・デート!』


『しがみつくな。鬱陶しい』



新居は、なかなか広い
海辺の一軒家だった。
鍵を渡されてから、すぐに
家具や車を買い揃えたが
生活出来るように整えるまでは
少しばかり日にちがかかった。
その間はホテルを転々として
なるべく仕事も受けないようにした。
足がつかないように。
ヤヨイに見つからないように。
この町は奴が拠点にしてる所から
丁度、真逆にあって。
確かにここならば
少しは安全かもしれない。
何度か仕事で来た事のある所だが
海が綺麗だと言う事以外に
とりわけて印象の無い静かな町だ。
俺の住んでいた都心部とは
まるで雰囲気が違うから
新鮮と言えばそうかもしれない。
ヒノエを完全に信用した訳ではないし
また、いつ何が起きるか判らない。
日常に支障をきたさない程度の
クオリティに留めておけば十分だ。
必要最低限の部屋は、えらく生活感の無い
殺風景なものになってしまったが。
今は、その方が楽でいい。
失うものは少ない方が。
もう今更、綺麗なものを集めなくても
ヴィルが隣にいてくれるなら
それで───と、思っていたのに。



『ねぇ。凄いよね、この家。オーシャンビューってやつだよ。浴室からも見えるんだ。これなら海見ながら、イザヤとぬるぬるできるね』


『ぬるぬる?』


『あ、テラスもいいなあ。青姦みたいで興奮しそう』



『・・・お前』


『憧れだよねえ。流石にビーチで、ってのは厳しいものがあるし、うーん。でも一回ぐらいは外で───』


『引っ越し早々、何考えてんだ、糞野郎が!! テメェの頭ん中、それ以外にねぇのか、クズ!!』



『それ以外もあるよ!! あるけど、君とえっちぃ事するのも俺にとっては大事な話なんです!!』


『にしたって、エロの割合だけが高すぎんだろ!!』


『大好きな恋人としないで誰とすんのさ!! 俺、君じゃなきゃ勃たないのに!!』



『知るかボケが、死ね!!』



『やだ!!』



『・・・ああ、馬鹿馬鹿しい。何でお前はいつも俺の感慨をぶち壊すんだよ・・・一人で真剣に考えてるのが馬鹿らしくなる。何だか腹立ってきたから、寝るわ』



『え!? 寝るって・・・デートは!? お昼ご飯は!?』


『知らねぇよ。勝手に食えば? あと、言っておくがな、ヴィル。今度から寝室は別だ。一緒じゃ俺の身が保たない。お前はそっちの部屋。俺はこっち。それじゃ、オヤスミ』


『いやいやいや、イザヤ、ちょっと聞き捨てならないよ!? しかもオヤスミって、まだ十時だよ!? バリバリ朝だよ!? ってゆうか、もうすぐ昼だよ!?』


『───っせぇな。昨日は誰かさんのせいでマトモに寝てねぇし。今日は今日で引っ越しの片付けも終える前から既に盛っててうぜぇし。色々と疲れてんだよ。性欲絶倫のドヘンタイで空気を読めない誰かさんのせいで、な?』


『やだ、やだよ!!一緒にご飯食べに行こうよ!! 俺がアブノーマル趣味なのは認めるから、そんな怒んないでよ!!』


『認めんのかよ。つうか離れろ』


『やだよ、やだ!! 部屋も同じじゃなきゃやだ!! イザヤと寝る!! 俺イザヤとじゃなきゃ寝れない!! 君の匂いがしないと寝れない!! 寝れないぃいいい!!』


『だあああ!! 鬱陶しい!!』



─────────べちコ〜ン



『・・・すんごく痛い』



『お前、幾つだ』



『・・・だって』



『女々しくて、しつこい男は一番嫌われるぞ』



『!!』



耳を下げて、尻尾を下げて
部屋の隅で壁をガリガリやりながら
泣きじゃくるヴィルを放置して
自室のベッドに寝転んだ。
窓を開けて、目を閉じて。
波の音に耳をやる。
猥雑な街の街頭スピーカーより
ずっと優しく耳につく。悪かない。
寝室の鍵は閉めないでおいてやった。
うちの馬鹿犬は、俺の姿が見えないと
何をしでかすか判らないから。
案の定、暫くすると
ドアが開く音がして
ゆっくりベッドが沈んだ。
目を開くと隣りに寝っ転がってきた
ヴィルと目が合った。



『・・・じゃあ。俺も寝る』


しゅんとして。俺の腕にしがみつく。
多分、反省のつもり。
ぴったりくっついて
それ以上どうこう言わない辺り
もう俺に怒られたくないらしい。
いじらしく思えてしまい
傍に来た時、ついつい
頭を撫でてしまうのは
俺の癖みたいなもんだ。


『お前。俺より年上だろ。威厳も貫禄もあったもんじゃねぇな』


『・・・捨てたよ。そんなの』


『捨てんなよ。多少は残しとけ、手に負えねぇから』


『だって俺、君に頭撫でられんの好きだし。力任せにぎゅうぎゅうされんのも好きだし。威厳なんか必要ないよ』


『・・・動物かよ』


『俺ね。イザヤに死ぬほど甘やかされたいから。これでいいんだよ。だって君は俺に優しいから。いつも結局、折れてくれるだろ?』


『打算的な奴は可愛くねぇな』


『俺はそれを知ってるから我儘言ってるんだよ。こうやって君に叱られても、その後には、思いっきり甘やかしてくれるのも、知ってるから』


『・・・』


『今だって。俺の為に鍵開けといてくれたでしょう? だからいいんだ』


『・・・強かなんだか。馬鹿なんだか判らないな、お前は』



『多分「底意地の悪い馬鹿」で正解』



『だとしたら、敵わねぇよ』



クスクスと、猫みたいな顔で笑う。
腕に頬をすり寄せたから
可愛くて、堪らなくて。
抱きしめて眠りにつこうとしたが
やっぱり、このドヘンタイは
その本能的な衝動を抑えようとはしない。
胸に、くすぐったさを感じて
すぐさま彼の髪を引っ張った。
『おい』と眉間に皺を寄せて睨みつけたが
ヴィルは欠片も悪びれた様子がなく
鎖骨にキスすると、人の服を捲り上げ
飴でも舐めるみたいにゆっくりと
胸に舌を這わせ始めた。
甘噛みしたり、柔らかく
吸い付いてみたりする。
熱の混ざった息が意図せず
出てしまうぐらいには悪いものでもなく
焦れったさと甘ったるさを兼ね備えた
その感触が身体を震わせた。



『・・・ヴィル』


『俺。悪道でもないのにさ、君に発情して止まないのは何でだろ?』


『んっ───』


『ねぇ。此処で、今。イザヤを抱いたら。また怒る? こんな俺を嫌いになる?』


『ッ・・・お前、舐めながら、喋んなよ、歯、当たるからっ』


『ねぇ、怒る?』


『んな、半端に焚き付けられたら・・・放置される方が辛いだろうよ』


『抱いてもいい?』


『聞くなよ』


『いいんだね?』


ニッコリと悪意は無いとでも言ったように
あどけない表情で笑うくせに
やってることはドヘンタイそのもの。
わざとらしく音を立てながら
胸部を這い回る舌に
ゾクゾクして、腰が浮く。
ヴィルは、それをやめようとはしない。
力任せに、しがみついて身を任せれば
その焦れったさの先が欲しくなる。
この身体は快楽に従順でいて
彼の手で、そういう風に躾られてる。


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