ツガイドリ

□歪んだ欲望は尽きる事無く
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─Love and crime─



『テメェよぉ。またうちの連中、ぶち殺したらしいじゃねぇか。何やってんだよ』


『ああ、バレました? すみません。因縁をつけてきたから、つい』


『「つい」で殺されちゃ敵わねぇなあ。テメェ、毎回毎回わざとやってんだろ?』



『いいえ? まさか』



この街の片隅。巨大な廃ビルの地下には
賭博を楽しめる闘技場がある。
オーナーとは『友人』で。
自由に使わせて貰ってる。
俺は暇になると、此処に入り浸り
酒を片手に賭けに興じてるが
まあ、見事な掃き溜めだ。
負けた相手は、その辺の
ゴミ捨て場に転がっていて
翌朝には収集されてる。
どうなったのか、誰が拾ってくのか
知らない方が幸せなこともあるだろうから
踏み込まないようにしてる。
多分、禁忌事項だろう。



『まあー、良いわ。座れよ』



『用事はそれだけですか? ああ、それで金を寄越せってなら、明日にしてください。今、持ち合わせがないので』



『座れっつってんだよ』



隣に座るように促すと相手は
嫌な顔をして、渋々そこに座った。
露骨に俺を睨み付けて
『うるせぇな』と言わんばかりに
溜め息を吐くから大したもんだ。
脚を組んで煙草を咥えたから
手持ちのライターで火を付けてやると
『ありがとうございます』と微笑む。
社交辞令の愛想笑いが
エロいってのも考えもんだろう。
最近のコイツは、魔性を孕んでる。
首に、鬱血の痕を見つけて
成る程と笑いがこみ上げる。
理由がそこにある事も見え見えで。
肩に腕を回して、それよりも
少しばかり上に吸い付くと
『触らないで貰えますか』と
低い声が返って来た。


『いいじゃねぇか、別に。チャラにしてやるよ、これで。アイツらは運が無かっただけって事でな』


『うちのペットは、嫉妬しやすいんでね。こーゆーのは、あまり好ましくない』


『ペット、ねえ?』


VIPルームから見える
糞みてぇな景色は血と悲鳴に彩られ
金と欲望に満ち溢れてる。
くだらねぇなと、イザヤの煙草を
奪い取って咥えた。
鞄からあるだけ、金をばらまいて
『お前よ。幾ら積んだら俺と寝る?』
と取引を持ちかけてみたものの
イザヤは『幾らなら積めます?』と
ポーカーフェイスのままで
質問を返してきたから。可愛くねぇ。



『何なら、無理矢理って手もある』


『それは勘弁してください。まあ。幾ら積まれても金で解決する話じゃありませんね。下は、うちの子専用なんで』


『・・・へー。ペットにケツまで捧げちゃう飼い主様なんて。至れり尽くせりのドヘンタイだな。獣姦趣味なのか?』



『求められると弱いんですよ』



『ふうん。だったら。俺が求めてやるよ。相手が、お前ってのは不服だが、酔狂だ。一度気にしちまったら、食うまで納得出来ねぇもんだろ?』


煙草を灰皿に潰して、肩を引き寄せる。
下顎を舐め上げるとイザヤは
『けど、堪え性って大事ですよ』と
妖艶な表情を浮かべて囁いた。
最近、この男は随分と
雰囲気が変わったと思う。
元々、綺麗な顔立ちをしていたが
それなりに男であって、流石に
恋愛対象にはなり得なかったが。
ここ数ヶ月で驚く程に、化けた。
色気が増した。異常なほどに。
発情期の雌猫を彷彿として
どうも、誘われてるような
たぶらかされてるような
妙な感覚に陥ってしまう。


『ヤヨイさん』


顎から頬にかけてをゆっくり舐めて
この涼しい顔を何とか
崩してやりたい衝動に駆られる。
噂の猛獣君とは
どんな顔して繋がってんだ?
どんな声で鳴いて、愛を囁くんだ?
そんなことばかり気になってしまう。
可笑しいのは重々承知の上だ。
こんな野郎に発情してる時点で
俺も相当キてんなあと。笑えてくる。
けど、仕方がねぇ。
純粋な好奇心も混ざってる。
この掃き溜めでしか生きられない
汚染された花は猛毒を湛えてるってのに
ソイツは何で、こんなものを
好き好んで食おうと思ったんだか。
何でソレが、実は甘く熟した
実を孕んでるって、思ったんだか。
実際、一皮剥けばこの有り様だ。
俺には想像がつかない。つかなかった。
この甘い香りがする花は
どれだけ甘美な蜜を滴らせるのか。
だから、食べてみたい。それだけの話だ。
下に手を伸ばそうとしたら
ゴツリと。胸に突きつけられた殺意に
声を出して笑ってしまう。


『お前、正気かよ?』


『至って』


今にも引き金を引くぞと言わんばかりに
真っ直ぐ俺を見て笑う。
心臓の位置に突きつけられた銃は
タイミングを見計らってる。
俺に面と向かって牙をむく奴なんて
この街じゃ、コイツか
『あの男』ぐらいだ。
唇を離して『降参』と両手を上げた。



『容赦ねぇなあ、お前』


『不貞を働くと。うちの子に噛みつかれて責め立てられるのは俺なんでね』



『ふーん』



ソイツには。こんな風に
銃を突きつけたりする事は
無いのだろうか。
ふと過ぎった疑問を口にはせず
代わりに『くだらねぇ』と呟いた。
さっきからソイツの話をする時には
コイツが全身に纏ってる筈の
鋭い棘が見当たらないから。
少しばかり腹立たしくなる。
コイツは俺が知ってるイザヤじゃねぇ。
やっぱり、ただの雌猫だ。
くだらねぇよな。悪逆非道が
恋愛ごっこなんかしてんじゃねぇよ。
俺と同じゴミクズのくせに、と
嫉妬にも近い憤りを感じるのは
お門違いってもんだろう。
でも、気にいらないんだから仕方ない。



『イザヤ』


『はい?』


『帰り道、気ぃつけろよ。俺の気分が変わるかもしれないからな。ついうっかり、けしかけちまうかもしれねぇ』


『構いませんが。また、アナタの部下が減るだけですよ、ヤヨイさん。俺をどうこうしたいなら、まず自分で動かないと』


『そうだな。じゃあ、今にするか? どうやら俺は虫の居所が悪いらしい』


『!!』


腰のホルダーから、銃を抜いて
二秒程度で引き金を引いた。
イザヤの真横を通り過ぎてった弾丸は
後ろの窓に無数の深い罅を入れる。
硝煙と銃声で防犯システムが作動したけど
うるせぇから叩き壊した。



『結局、何の話かっつーと』


『・・・・』


『お前が買いたい訳だが。どうも俺にはその見込みが無ぇらしい。俺は、欲しいもんは意地でも手に入れる。騙してでも、殺してでも手に入れる。だから、あんまり調子に乗らない方がいい。俺に損失を与えるだけなら。生かす理由も無ぇからな。死姦もまあ悪くねぇ』


『脅してるんですか?』


『それがあろうが、無かろうが。うちの兵隊を片っ端から殺されてんのは。そろそろ見過ごせねぇワケだ。頭として』


『じゃあ、躾ぐらいしっかりした方がいいですよ。縄張りを広げたいのは判りますが、近頃。蜉蝣の下っ端連中は少々行き過ぎてる。アナタの賞賛が欲しいのかもしれませんが、俺に迷惑をかけて欲しくない。挙げ句に何人かは、俺を襲おうとしてましたから。主人と一緒で堪え性がないんですかね? だから、俺のしてる事には。多少。正当防衛も含まれてる訳です』


『・・・マジかよ』


『男女問わず。モテるのは悪い気もしませんが。犯されるのは勘弁願いたいワケですよ。生物学上は雄ですから、俺も』



『雌みてぇな顔して何言ってんだよ』



『やだなあ。そう見えるのは顔だけですよ、顔だけ』


クスクスと笑って『それでは』と
立ち上がり部屋を出て行った。
その後ろ姿に、もう一発
引き金を引いたが『まだ、大丈夫』と
ヒラヒラ手を振られる。
弾丸は部屋の入り口の壁にめり込んだ。
俺の頭の中を見透かしたような
イザヤの態度に腹が立って
テーブルを蹴り飛ばした。
『糞が、死ね』と椅子を
力任せに殴りつける。
テーブルに置いてあったグラスも
ウイスキーも床に散らばって砕けた。
足元でひっくり返ってた灰皿を拾い上げて
窓に思いっきり叩きつけると
突き刺さった弾丸を中心に亀裂が入って
バリンと粉々に砕け散った。
部下の何人かが駆けつけてきて
何事だと騒ぎ立てるが
憤りは治まらず誰か
殺してしまいそうだったので
強く自分の人差し指を噛んだ。



『ハァー・・・ハァー。マジむかつく』



『ボス、何があったんです?』



『絶対。引きずり込んでやる・・・あの野郎』



ダラダラと流れ落ちた血が足元に溜まる。
ガリガリと、指を噛み切る。
イザヤ。前から生意気だったし
いけ好かない節はあったが
今のアレは、俺の欲望を煽る雌猫だ。
どうしたって欲しい。
これは愛じゃねぇ。
間違いなくただの情欲だ。
だから好き嫌いは関係ない。
欲しいものは意地でも
奪い取るのが、俺のやり方だから。



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