ツガイドリ

□犬は故に彼を愛する
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─An unexpected love─




『イザヤ・シグレ?』



悪道。人類を貶め破滅させる存在。
それを片付けろと言われた。
神の駄作を徹底して消し去るのが
俺達『断罪者』の仕事だ。



『神に対して自分でやれよ、と思うのは間違いか、エルト?』


『神に抗うな、テスタメント。課せられた宿命に疑問は無意味だ』


『創っては壊すの繰り返しだ。だったら最初から、何も作らなければいいのにな』


『テスタメント。疑問は無意味だと言ってる』


『ああ。そうだな。じゃあ。行ってくるよ。さっさと片付けてくる』


白い羽根を掲げて。神に仕える。
天使なんて綺麗なものではないが
神様のお気に入り。それには違いない。
俺は、自分で言うのもアレだが
なかなか有能な方らしい。
立場も、評価もそれなりに。
地位と名声を持ち合わせて
望まれた結果を持って帰って来る。
賢い賢い猟犬だ。
言われた奴を殺すだけ。
単純明快な流れ作業に
飽き飽きしていたけど
そこから脱却する理由もなく
惰性的に働いていた。
馬鹿でもアホでも糞野郎でも出来る
簡単なお仕事・・・の筈だったんだ。
その瞬間までは。


───────パァンッ


乾いた音が夜の静寂を裂く。
ドサリと転がった男の亡骸は
脳天を撃ち抜かれて目を見開き
正真正銘の生ゴミと化していた。
人気の無い倉庫の隅で
煙草を咥えていた男が
此方に目をやり、ニヤリと笑う。
目があった瞬間、余りにも冷たく
獣のようなその眼差しにゾクリと。
背中が痺れるような感覚に陥った。
なんて、なんて綺麗な生き物だろうか。
男は、咥えていた煙草を放って
足でザリザリと踏み潰した。


『君がイザヤ・シグレ?』


『・・・、あー。何だろう。地獄の遣いかな?』


『似たようなものだね』


『遂には俺にもお迎えが、とか。笑えるな』


自嘲的に笑って懐から銃を取り出した。
動揺する事も、問いかける事もなく
真っ直ぐ、俺に向けられた敵意。
負けじと剣を抜いた。
悪道とは言え、元は人間。
なのにどうして、そんなに
冷たい眼が出来るんだか。


『けど、生憎。まだ死にたいとは思ってないんだよ、俺。まだ「幸せ」とやらを見つけてない。だから、今日は───』


テメェが死んどけ。
そう囁いた声は低く艶やかで
俺の聴覚を揺さぶり、興奮を呼び覚ます。
どうしてかは判らないが
目の前にいる美しい狂気を
滅茶苦茶にしてやりたいと。そう思った。
説明のつかない『衝動』は
本能に働きかける。
あの綺麗な顔を汚して、歪ませたい。
底無しに冷たいその瞳を
涙でグチャグチャにしてやりたい。
妙な感情が溢れ出てくる。
ジワジワと。背筋が熱くなるのを感じた。
容赦なく飛び交う弾丸をかわしながら
彼を目で追いかける。
攻撃は止まない。言葉も浮かんで来ない。
敵同士。本来の形を成している。
このまま、殺せばいい。それだけだ。
なのに、それが出来ない。したくない。
全身が。この男を欲しがってる。
その身体に触れたい。鳴かせたい。
脳が霞んで、それしか考えられなくなる。
悪道が人を狂わせると言う性質は
神の領域にある断罪者には影響しない。
俺には無効の筈だ。
それでも、身体が渇望している。
彼に呑まれてしまったのか
単に自分自身の願望なのかさえ
判らなかったけど。


────────ヒュッ


弾丸は、全て弾いた。
例え、思考回路がいかれていても
人間にやられる程、弱くはない。
だが、銃が当たらないと判断した途端
恐れる事もなく間合いに飛び込んで来て
彼の袖に仕込まれていたナイフが
素早く俺の首を狙った。
避けられない。そう判断して
左腕を盾にすればナイフは
深くに突き刺さり
彼に一瞬の隙が生まれる。
面白い・・・人間の癖に
俺に一撃入れるなんて。
俺も負けじと彼の脇腹に剣を突き立て
それを思いっきり引いた。
無論、殺す気なんて無かったけど。
肉を裁つ、馴れた感触でさえ。
『信じられない』と言ったように
俺を見つめた眼差しに浮かされて
何処か甘美なものに思えてしまって。
俺の血を浴びて汚れた顔に
心臓の高鳴りが治まらない。
欲しい。これが、欲しい。
痛みに喘ぐ彼を抱きかかえて
溜まらずに、深く口づけた。


『って、めぇ・・・・』


『イザヤ。君は綺麗だね』


俺の剣には毒が仕込んである。
出血を促し身体を麻痺させて
相手を動けなくする。
その身を蝕む激痛に意識を失った彼を
お姫様のように抱えあげると
血まみれの頬と唇を何度か舐めて。
高ぶる感情と全身を駆け巡る
いかがわしい衝動をどうにか抑え込んだ。
出会って僅か数分で
身が焼けるような恋をした。
神よりも、何よりも。彼に。
この男に愛されたい。
その少ししゃがれた声で
俺の名前を呼んで欲しい。
グチャグチャに犯して狂い鳴かせたい。
目が合った瞬間に。
そう思ったんだから、仕方ない。
理由なんかどうでも良かった。
初めて他人に興味を抱いたのだから。
歪で、穢れた、そんな感情を。





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