ロジパラEXT

□教師と生徒のワンダフルデイズ
28ページ/28ページ






[新旧混同ロマンス(4)]



不死鳥が 橙色の空を駆け巡る。
パチパチと火の粉を散らしながら
悠々と上空を回る。
その神々しい姿に見惚れていると
猫神様は『目映いねい』と呟いた。
焼き屋の主人が『ホントだな』と
自分で焼いた鯛焼きをかじりながら頷く。
辺りから聞こえる歓声は
とても明るく賑やかなもので
皆が、ヒノカミ様の誕生を心から
祝福してることが伝わってきた。



『八十万はね、こうやって。生まれ変わっていくんだよ。永劫変わらずにして、少しずつだが。何かが廃れて行く。古きは眠りにつく。新しく生まれた概念は、良くも悪くも、いつもそうして。我々を導いてくれる。それは、人の世の理にも似ているね』




『過去と未来の共存・・・ですね。これこそ』




『そうだよ。きっと八十万の空が暮れる事はない。朝も夜もお祭り騒ぎさ。マコが此処に来た日も、君が帰った後にも空は同じように朱く在り続ける。いつかうちの小童が帰って来る日にも。きっと世界は同じように輝いている。ヒノカミ様は変われどもね。それが八十万なのさ。朱色に彩られて、暮れる事も明ける事も無く。ただ、皆が活気に満ちている。私も変わらずに化猫軒をやっているだろうし、焼き屋も、また然り』



『だな!まあ、その頃には「鯛焼き屋」になってるかもしれねえがな。此処、どうしても神火が近いから「鯛」の字が燃えちまうもんで対策考えてんだけど、なかなかな』



『いいじゃないか、お前さんは。焼き屋で定着してる。鯛焼きを焼く以外、何をするでもないのだから。他意は無くとも鯛焼き屋さ。見た通り』



『名は体を表すってか。バカにしやがって。鯛焼き焼くしか能がないって聞こえたぜ』



猫神様が笑う。八十万の景色は変わらないと
変わるもの変わらないもの全てが入り乱れて
調和された世界なんだ。
何処か懐かしいような、真新しいような
不思議な不思議な神様の世界。
人間には遠く及ばない黄昏を纏った世界。
先生が夕焼けを懐かしく思うのも判る気がした。
きっと俺も同じように、夕焼け空を見て
ふとした瞬間に、この世界の
景色を思い出す。思い出してしまう。
鮮明に鮮明に彩られた、この朱い景色を。




『猫神様』



『何かな?』




『イズルさん、きっと元気にやってますよ。俺、何となく、そんな気がします』



『ニャニャ、そうだねい。そう信じているよ。便りが無くても構わないから。ただひたすらに。何処にいようが、誰といようが。それを願うばかりだよ。親の心子知らずとはよく言ったものだが、それでいいのさ。私とて幼い頃は外周に憧れた。旅こそしなかったが外の世界に思いを馳せて、心配する親の声なんぞ聞こえはしなかった。やっていることは小童と何ら変わらんよ。私の親は同じように、私を心配していたのだから。これもまた輪廻さな』



優しく笑った猫神様に言ったのは
慰めでも社交辞令でもなくて
ただ、本当に。確信的に。
そんな気がしたから。
どうして、そう思ったかは判らないけど
イズルさんは元気にやってるって。
機械仕掛けの船というのが
あの戦艦かどうかも判らない。
でも、猫神様がこうして元気でいるんだから
イズルさんもきっと大丈夫。
新旧が混同した、この世界に伝わる
不思議な輪廻が、そんな予感を煽るんだ。
ヒノカミ様が頭上を一回りして
パチパチと火の雨を降らせた。
慌てた焼き屋さんが傘をくれる。
火を弾く不思議な番傘。
猫神様は『祝福されてるぞい』と
驚いた様に呟いて
ヒノカミ様に頭を下げた。
焼き屋さんが『人間様が珍しいんだろ』と
やっぱりヒノカミ様に頭を下げる。
俺は、頭にしていた狐のお面を
そっと顔にずらして
空を飛び回るヒノカミ様を見上げる。



『あぁ。もうそろそろかい。君も帰る時間かねい。少し姿が薄れてきたよ』



『そうみたいです、残念だけど』



『そうかいそうかい。寂しいもんだねい。でもまた、いつか、遊びにおいで。マコも連れて。八十万は、確かに見つけにくいかもしれないが、いつも表裏一体。人間様がいる限り、確かにそこにあるのだから』



『そうそう、結構あるんだぜ、入り口。だけど人間様は、ちと疑い過ぎるんだ』



『・・・頑張ります。また来られるように』



『ああ、君なら大丈夫そうだ。純粋は無知とは違う。君は純粋だが、無知ではないようだし。子供であって子供でない。けれど大人ほど、理を疑ってもいない。だから。呼ばれたんだ。こんな日にやってきた君の強運はヒノカミ様の導きなのかもしれんな』



疑わず、ただ受け入れる。
これほど難しいことはないのかもしれない。
大人になれば、見るものはガラリと変わる。
でも八十万と同じように
変わらずにして、変わると言うのが
きっと人の成長なんだろうから。
根底は変わらない。変えてはいけない。
良いものを吸収して。
古くなった自分を捨てる。
そうやって新しい自分に
なって行けたらいいな。
次が、いつになるかは判らないけど
また八十万に来られるような
この世界を見つけられるような
そんな人間でいたいと思う。




『坊主。元気でな。次来た時は有料だからな、鯛焼き』



『ニャニャニャ。何を偉そうに。その時までに鯛焼き屋に戻ってたらの話だな』



『対策は、考えとく』





────────────────・・・・
───────────────・・・






『優人、優人』



『ん・・・? 先生?』



『こんなとこで寝てたら風邪引くぞ、お前』



『・・・あ、はい』



『書物庫は風通しが良すぎる。ブランケットぐらい持ってきとけ』



『───先生』



『ん?』



『八十万。見つけましたよ、ほら』




目が覚めた時、不思議と
頭は冴え渡っていた。
今の今まで焼き屋さんと
猫神様のやりとりを見ていたんだから。
俺は足元に落ちていた
狐のお面を拾って先生に見せた。
ポケットには朱色の髪飾り。
お面屋さんで貰ったあれだ。



『・・・マジかよ』



『マジです!』




『・・・、どう、だった? 化猫軒は───』




それから、先生に八十万であった
色んなことを話した。
椅子の背もたれを前にして座った先生は
子供みたいに、嬉しそうに頷きながら
俺の話を聞いていて
その無邪気な姿は、なんとなく
『旅人のマコさん』を彷彿とさせた。
俺の知らない先生の姿だ。
いつも怠そうにしてる先生とは違う。
八十万に迷い込んだ在りしの彼は
今もやっぱり何処かに健在らしい。




『また遊びに来いって、言ってくれましたよ。先生も連れて』



『・・・、そっか』



そう言って、煙草に火をつけた先生は
深く煙を吐き出して
『絶対見つけてやる』と呟いた。
『今度は二人で!』と俺も頷く。
八十万は、表裏一体。
新旧が入り乱れると言うなら
輪廻が巡ると言うなら、いつか必ず。
机に置いてた狐のお面が
満面スマイルを湛えたまま
『お待ちしております・・・』と。
確かにそう囁いたのが聞こえた。



『『!?』』



.
次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ