短編

□たった1つの繋がり
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 今日は3年生の能勢久作先輩と二人で昼休みの図書当番。珍しくやることも無くて、暇だったから始めた返却リストのチェック。


「あ、返却日が過ぎてる…」

「え!?そんな強者が!一体誰だ?」


 小さな声だったのにしっかり呟きを拾った先輩。


「って、また鉢屋先輩か!」


 僕の手元を覗き込んで叫んだ。手に持っているリストを破ってしまいそうな勢いだ。


「…仕方ない。俺達の言うことは聞いてくれないからなぁ…中在家先輩に知られる前に不和先輩に伝えて…恐ろしい事になる前に返却してもらえるように言ってもらおう…誰も来ないとは思うが留守番「あの!僕が伝えて来ます!放課後の当番への引き継ぎ準備や作業は一人でやったことが無くて、少し不安ですし…」


 先輩の言葉を遮って絞り出した言葉。図書委員としてどうなんだ!?とは思うけど、こんな機会でもないと学年が4つも空いている先輩とは、次の委員会か、一緒の当番まで関わりが無いから必死だった。


「……じゃあ頼む。」

「はいっ!」


 少し呆れた顔をしながらも役目を譲ってくれた先輩に嬉しくなり、いつになく大きな返事をし返却リストの写しを受け取った。五年生の教室へ、気を
付けていても速足になるのは仕方ない。



ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・


 途中、何度も先生達に注意を受けながら辿り着いた五年ろ組の教室。
中を覗けば直ぐに目的の人物は見つかった。


「不和先輩、あの…」

「ん?怪士丸、何かあったのか?」

「返却日が過ぎてる本があるんですけど…」

「え。いつも返却は忘れ無いようにしてるんだけど…どこかに置いて返したつもりになってたのかも…」

「い、いえ!違うんです!」

 自分の言葉の足りなさに、泣きそうになりながら先輩の誤解を解こうと声を上げる。


「え、違うの?」

「はいっ!不和先輩じゃなくて、鉢屋先輩なんです。」

「またか…」


 きょとんとした先輩に持ってきた返却リストの写しを手渡すと浮かべられた苦笑い。
 “仕方ないなぁ”なんて聞こえてきそうな表情。文句を言われながらもいつも許されてる鉢屋先輩に“狡い”なんて黒い感情が沸き上がる。


「本当は鉢屋先輩に直接言わなきゃならないのは分かってるんですが、鉢屋先輩、僕らの言うことは聞いてくれないので、それで…」


 先輩の意識をリストから…鉢屋先輩の事から此方に向けたくて言葉を続ける。
「分かった。三郎には返却するように言っておくよ、ありがとう怪士丸」


 言い淀めば、そう言って笑って頭を撫でてくれる。
名前を当たり前のように呼ばれてる鉢屋先輩にイラッとした直後、自分の名前も呼ばれて…更に頭に感じる大きな優しい掌に嬉しくなり頬が緩んだ。


「ありがとうございます、雷蔵先輩」

「いや、いつも助かるよ」


 撫でられる頭はそのまま、お礼を言って名残惜しいけれど教室を出た。


 戸を閉めきる瞬間見えた光景。

 不和先輩と鉢屋先輩の仲良くじゃれ合う姿に、黒く嫌なモノが再び心を覆っていく気がした。

 距離の近い二人を見たくない。鉢屋先輩には敵わない事は分かりきってるから…

 なら返却の催促なんか行かなきゃ良い。そう思うけど、止めてしまうと不和先輩との繋がりは月に1度有るか無いかになる…。
 普段の関わりが無くなると、どんどん繋がりが薄くなって途切れてしまうんじゃ無いかと怖くなる…。

 【鉢屋先輩への返却の催促】

それが普段の日のたった1つの繋がりだから…。

 今日も悲鳴を挙げる心に気付かない振りをして、ただの憧れだと自分の心を欺いて二人を見つめる。

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