孤独な天使
□第一章
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全ての始まりは、ある静かな夜。
雲が無く、澄んだ空一面に星が広がっていた。夜天は、リビングで音楽を聞きながら読書を楽しんでいた。星野は単独の仕事で帰りが遅く、夕飯も食べてくるとのことだった。夕飯を食べ終えた大気は自室の窓から空を見上げ、新曲へのイメージを膨らませながら作詞をしていた。
それぞれ、いつもと変わらぬ夜を過ごしている、はずだった。
大気は玄関から鍵を回す音を聞き、あぁ星野が帰ってきたのだと、思った。
そう、ここまでは、いつもの夜だった。
そんな静かな夜が壊されるのは、星野が発した言葉。
「大気ー!夜天ー!俺、何か変なもの拾っちまったー!」
子供じゃあるまいし、道端で何を拾ったんだと、ため息とともに玄関に出ていく大気。
そこで、大気は思わぬ光景を目にする。
「それ、人間じゃないですかっ!」
星野の背中でぐったりとしているのは、どこからどうみても、一人の女性。見た目は自分たちと同じくらいの年頃だろうか。とてもじゃないけれど、「道端で拾ってしまった変なもの」には見えない。
「とりあえず、早く客間のベッドへ。夜天、タオルと救急箱を持ってきてください」
大気は冷静に指示を出す。
星野が乱暴に靴を脱ぎ捨てて玄関から上がった時だった。その女性の背中に、何かが付いているのが見えた。
「星野、この人……」
いつも冷静な大気が思わず、声を出す。
「歩いていたら、空から落ちてきたんだよ。それに、背中に羽が付いているし、怪我も普通の怪我に見えないしよ、ただの人間じゃねぇと思って家に連れてきた」
普通の人間じゃない。
それは即ち、自分達と同じように正体がばれてはいけない者。星の守護を持つ者かもしれないし、そうでないかもしれない。
それでも、その場に放置しておくわけにも、一般人のように救急車を呼ぶわけにもいかなかったのだろう。
彼女の背中についている羽は、羽といっても鳥の羽とは全く違っていた。
微かに向こう側が透けて見え、オーロラのようにゆらゆらと何色もの光を反射し、まるで神が作ったように美しかった。
しかし、そっと手を当てれば、とらえどころなくすり抜けてしまう。それでも、確かに手には優しさが残り、確かにこの羽が存在していることを知らせてくれる。
光と温もりだけで作られたというかのような、不思議な羽。
「……ともかく、早く怪我の手当てをしましょう」
思わず、その美しさに見とれてしまいそうになった自分を押さえ、大気は口を開いた。星野も、ようやく彼女の怪我の酷さを思い出したようで、慌てて客間へと向かう。
すぐに夜天が救急箱とタオルを持って現れた。大気は手際よく、彼女の血や土で汚れた体をぬぐいながら手当てをしていく。
夜天も、彼女の羽の美しさに驚きながらも、怪我の手当ての方が先だと、大気の邪魔をしないよう部屋の壁にもたれ、言葉を発せずその場にとどまっていた。
その時、その彼女の羽がひときわ明るい金色の光を放った。
「「「え……?」」」
三人が驚きの声をあげる。その光は少しずつ大きくなったかと思うと、リボンのような形となって女性の体全身を包み込み、消えた。
光が消えた後、彼女の羽は消えていた。それ以外は、先ほどとは変わらぬまま。
まるで、今まで三人が見ていた羽は最初から存在しなかった幻なのだというように、羽だけが消えていた。
「……うそだろ?」
「さっきまで、羽、あったよね……?」
「一体、この女性は……?」
三人がそれぞれの疑問を口にする中、彼女は小さく動いたかと思うと、苦しげに声を漏らした。
「……ギャラ、クシア……」
結局、彼女の怪我はギャラクシアによるものではないかと三人は考え、ひとまず大気が手当てをした後に、三人で今後のことについて話し合った。
もちろん、彼女がギャラクシア側、即ち三人の敵側だと思わないことも無かったのだが、彼女から邪悪な力を感じなかったこと、酷い怪我をしたまま外へ放り出すのも後味が悪いということもあり、しばらくはこのまま様子を見ようという結論に至った。
仮に敵だとしても、ここまで衰弱していては、三人と戦っても勝負は明らか。少なくとも今の段階ではどう考えても三人に危害を及ぼす存在とはなりえなかった。
とりあえず彼女が目覚めるまでは、三人が交替で付き添って看病兼監視をすることにしたのだった。
夜も更けた頃、今夜は星野の担当ということにして大気と夜天はそれぞれ自室で寝ようと、客間を出た。
「夜天、どうかしましたか?」
急に廊下で屈みこんだ夜天を不審に思い、声をかける大気。
「ねぇ、大気……これ」
夜天が見つけたのは、一枚の羽根。
その色から、紛れもなく彼女の背中にあったものだと分かる。
今はもう消えてしまった背中の羽が、確かにあったという唯一の証拠。
不思議なことに、彼女の背中にあった羽をつかむことはできなかったが、落ちていた一枚の羽根は簡単に拾い上げることができた。
「やはり、彼女の羽は確かに存在していた、ということですね。私達の見間違い、とかではなく」
大気はどこか嬉しそうに、そう口にすると、夜天から羽根を受けとり、ガラスの小さな花瓶にさした。
リビングのテーブルの上に置かれたそれは、まるで一輪挿しのようで、人間の背中についていたものだとは、とても思えない雰囲気を放っていた。