【ゴエモン小話】

□拝啓、
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 秘密特捜忍者団本部に帰った私を待っていたのは、一通の恋文だった。自室の机の上で、それは私の帰りを待ち構えていた。
 それを見ても、私は驚くことも、胸を踊らせる事もしなかった。いつものように部屋に上がって重い装備品を外す。
 女でありながら忍者団のリーダーなんてことをしている私の存在は、やはり目立つのだろう。恋文をもらう事は少なくない。
 机の前に座り、一息ついてから差出人の名を確認する。
 見た瞬間、私の眉間に力が入った。名前を見ても私の脳裏には誰の顔も浮かんで来なかったのだ。
 確かそんなような名前の持ち主が団員の中にいたような気がする…という曖昧な記憶だけで、顔までは思い出せなかった。
 差出人に対して罪悪感が無い訳ではないが、何しろ誰だかわからないのでいまひとつ申し訳ない気分になれず、私はまるで仕事の書類でも読むような事務的な気持ちで手紙を開いた。
 今まで貰ってきた恋文とほぼ変わらぬ出だしから始まり、私を思慕する文が続く。
 顔のわからないその人は、あまり字が綺麗な方ではないらしい。
 もしこの手紙の差出人が、私の曖昧な記憶通り私の部下だったら、字を丁寧に書くよう注意しなくては。
 そんな事を考えたとき、戸の外から私の名を呼ぶ声がした。
「ヤエ殿! いるでござるか? 江戸のサスケでござる。物知りじいさんの使いで参った」
 そういえば、江戸に住む物知りじいさんに、調べものを頼んでいたのだった。
私は手紙から視線を上げ、壁越しにサスケに返事をする。
「開いているわ。勝手に入って来てちょうだい」
 私が声をかけると、彼は丸々とした手で器用に戸を開け、その姿を見せた。私の姿を確認すると、軽く頭を下げる。
「お久しぶりでござる、ヤエ殿」
「久しぶりね」
抑揚をつけて話しながらも、無表情なのは相変わらずだ。
 私は手紙に視線を戻しながらサスケに返事を返していった。
「元気でござったか」
「まぁね」
サスケは物知りじいさんがこしらえたからくり人形で、見た目に機械らしさを残すものの、会話は人間としているものと変わりない。
今では普通に会話しているが、はじめて彼を目にした時は不思議な気分に陥ったものだ。何しろ人形が口を聞いているのだから。
実質彼との会話は私の独り言という事になるのだが、それでも独り言の気分にはならないのは、物知りじいさんの腕なのか、彼に対して情がわいているからなのか。
彼とは過去に少しの間だけ、他の仲間も一緒に旅をした事があるが、その程度で情はわくものなのだろうか。
独り考えていると、サスケが報告書を差し出してきたので、考えを中断する。
「何を読んでいるのでござるか?」
 差し出す際、サスケが尋ねてきた。
「別に何でもないわ」
 恋文の事に関しては、突っ込まれたいような突っ込まれたくないような複雑な気分だったので、素っ気なく返事を返す。
「そうでござるか」
 彼はただ、少しばかりの興味から聞いたのだろう。自分が素っ気なく返したとは言え、あっさり引かれてしまった事に、私はなんだか悔しさを覚えてしまった。
 屈辱を感じない訳では無かったが、そのまま流されるのは癪だったので、手元にある手紙に視線を落としたまま、私は言葉を紡いだ。
「手紙よ」
「手紙」
「…恋文なの」
「えっ」
 どうやら、彼はその手の話に馴れていないらしい。きまりが悪そうに言葉を詰まらせたが、私は構わず続けた。
「世の中にはまた、物好きがいるもんでね。…たまに貰うのよ」
「まぁ…ヤエ殿は美しいでござるからな」
 何の気なしに彼の口から発せられた言葉に、今度は私が言葉を詰まらせる番だった。
 あの物知りじいさんは、このからくり忍者にお世辞まで教え込んだのだろうか?しかし、彼は皆が口を揃えて言うほどの真面目な性格だ。例え教え込まれていたとしても、お世辞なんて言えるとは思えない。
 …というのは都合の良い解釈なのだろうか?
 私は動揺を悟られまいと視線は下に向けたまま、一応お礼の言葉を述べた。
 照れくさい気分を誤魔化すつもりもあったが、ふと私の中にある疑問が沸いてきたので、彼にそのまま投げかけた。
「ねぇ、サスケはからくりだけど」
「はぁ」
「からくりも恋をするの?」
 私の質問に、サスケはさほど興味もなさそうに、淡々と答える。
「さぁ…わからないでござるな。しかし拙者は、じいさんに人の心を与えられている故、いずれは、誰かを想うようになるかも知れないでござる」
 私が手紙から視線を上げサスケの方を見ると、彼は半円形の目で真っ直ぐ私を見つめていた。
 彼の瞳には動揺の欠片もない。それは彼がからくりだからなのか、恋に興味がないからなのか。
 そこまで考えてから、私はサスケにそう、とだけ返した。




 彼が帰ったあと、私は再び、貰った恋文に目を落としていた。恋文を目で追いながら、からくり忍者から恋文を貰うという想像をしかけ、慌てて振り払う。
「愚かだわ」
 そのような想像をするなんて。
馬鹿げていると思った。
そんな事ある訳がない。感情を持つとは言え、彼はからくり人形なのだから。

 
しかし、今は恋に興味もない硬派な彼が、もし誰か一人だけを想うようになったら、どんな恋文を書くのだろうか。
 彼ならきっと、それは丁寧で情熱的な恋文をくれるに違いない。
是非貰ってみたい。
 思いかけて、再び頭を振った。




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