ここ

□哀切
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苦い後悔が押し寄せて来そうになるのを、俺は必死で降り払った。
他のことを考えることに専念する。
これから、また蔵馬を少し眠らせる薬を飲ませなければならない。
そうして、手枷と目隠しを取り、安全な場所に寝かせておく。

目が覚めたら、蔵馬は何と思うのだろう。夢だったと思うのか。
夢だったら、と思うのか。


ぼんやりとそんなことを考えていると、蔵馬が動いた。
そして口を開き、かすれた声を出す。


「    」


自分の心臓がトン、と跳ねた気がした。
聞き間違いでなければ、蔵馬は確かに言った。
俺の、名前を。


「よ・・・み・・」

かすれた声が、また俺の名前を呼んだ。
今度は聞き間違いではない。


気付かれて いた。


蔵馬の目隠しに手をかけた。指が震えて、中々簡単には外れない。
ようやく外された黒い布の下には、閉じられた瞳。そして蔵馬はゆっくりと、その目を開けた。
涙で潤んだ瞳と目が合った。

「やっぱり・・・黄泉だった・・」

口元には笑みさえ浮かべて、蔵馬は言った。

何故、俺だと分かった。

何故、笑っていられる。

聞きたいことが頭をぐるぐる回っているのに、言葉には出来なかった。
まるで、話すことを知らないみたいに。

「な・・んで・・・」

ようやく絞り出した声は、みっともないくらいに震えていた。
しかも、肝心な質問は出来ていない。

「さっき俺の名前呼んだ から・・・それで、なんとなく。・・あと、雰囲気とか・・・」

「なんで俺だと分かったのか」と、解釈されたらしい。
やはりあの時声を出したのはまずかったのだと、思い知らされる。
ゆっくりと答えた蔵馬の目は、やはり穏やかに細めてられていた。

何故、笑っていられるんだ!
自分のされたことが分かっているのか!

そんな心の叫び声を、蔵馬にぶつけていいものなのか、俺は迷った。

「何故・・・何も言わない・・。何故、怒らない。俺を、恨んでいるだろう・・?」

かろうじて、それだけ聞いた。
蔵馬は驚いたように目を見開いたが、またすぐに戻した。

「・・・黄泉の方が、苦しそうだから・・」

ガツン、と頭を殴られたような衝撃を受けた。
どこからどう見ても、俺が加害者で、蔵馬は被害者であるこの状況で。
俺の醜悪な欲望が、蔵馬を傷付けたのに。

なのに何故、お前はそんなことが言えるのだ。


不意に、涙が出そうになる。泣き出したい衝動に駆られた。
泣きたいのは蔵馬の方だろう。俺が泣くのはお門違いだと分かっていた。
それでも、ただ子供みたいに、声を上げて泣きたかった。

涙を堪えて食いしばった歯から、くぐもった声が洩れた。







俺は・・・俺は・・・




ただ、お前のことを愛していたんだ





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