鵺奇譚

□冬の葬列
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その日は、きぃんと空気も凍り付くほどに寒い夜だった。

塾の帰りに祖母の家に寄った所為で、かなり遅い時間になってしまった。
急ぐ足元を、何度となく雪が掬う。
祖母が帰り際に、お守りだといって付けてくれた根付の鈴が鳴る。
家に帰ったらすぐに取ってしまおう。
こんな年寄り臭いものをつけていたら、友達にからかわれるに違いない。
 
商店街を過ぎ、坂道を登れば後は一本道。
冷たい空気で耳が痛い。
そっと耳を手で覆うと、ジジッと音を立てて頭上の街灯が点灯し消えた。

「何…」
見上げた街灯は点く様子もなく、暗いまま。
電球が切れたのか。そう思い再び足を進めようとした道の街灯が順々に消えていく。
「停電…?」

辺りは一気に闇の中。
戸惑い、その場に立ち尽くす。
暫くすると闇に目が慣れてくる。

おっかなびっくり足を進めると、前方にぽぅ、と明かりが点った。
電力が回復したのかと、ほっとしたのも束の間。
その明かりはゆらゆらと揺れ動いていて、電灯ではない事は容易に知れた。

胸の中にじわりと湧いた恐怖感に比例するように、明かりはどんどん増えて、長い列を作ってこちらに向かってくるではないか。
金縛りにあったように、体は言うことを聞かない。
おろおろしている間に、明かりはすぐ傍まで来ていた。

そして、それが提灯の明かりと知れた時、無数の明かりの上に無数の白い狐の顔が浮かんだ。

一歩進んでは動きを止め、二歩進んでは後ろを振り向く。
そうしながらゆっくりと狐達は歩いてくるのだ。

とうとう先頭の狐が目の前までやって来た。
目も閉じられぬ中、何もなかったようにすれ違う狐達。

狐と思ったのは面。
顔だけと思ったのは、皆黒い服装をしていたからだった。

そう、まるで葬列。

狐達は二列になって両脇を抜けていく。
一歩、また一歩と歩みを進める。

列の真ん中辺りまで来た時、そりに乗せられた大きな樽が運ばれてきた。
よけなくちゃと思ったが、脇は狐に固められている。

「わっ」
 考える間も無く、樽にぶつかって思わず声がでた。

ざっ

先ほどまで何もなかったかのように歩いていた狐達が、一斉にこちらを見た。

「人だ」
「人だ」
「人だ」

樽に背を預けて、狐達の視線から遠ざかろうともがく。

「人が居る」
「何故ここに人が居る」
「葬列の最中に人にかち合おうとは」

段々と輪を狭める狐達。

「人の子、ここで会うたのも何かの縁よ」
「今宵は同胞の葬式」
「何かをよこせ」

無数の手。手。手。

「香典じゃ」
「花代じゃ」
「香典じゃ」
「花代じゃ」

さあ、と手を出す。
その手が十、二十、三十と増えていく。

「さあ」
「さあ」
「さあ」

白い手がどんどん増えていく。

「寄越さぬならば勝手に取るぞ」
「勝手に取るぞ」
「勝手に取るぞ」

白い無数の手が撫で回す。
悲鳴が喉を這い上がって今にも飛び出しそうになったその時―――

「これがいい」
「死出の旅路に履かせよう」

何かを掴んだような形で、無数の手はかき消えた。

「貰ったぞ」
「貰ったぞ」

 再び狐達は列を成して歩き始める。

「香典じゃ」
「花代じゃ」
「香典じゃ」
「花代じゃ」

明かりが遠ざかり、一つ、また一つと消えていく。

全ての明かりが消えた時、再び闇が訪れた。

動けないで居ると、頭上でジジッと音がして、街灯が点いた。
人工の明かりが点ると、強張っていた身体は急に走り出す。
家に着いても、何も手につくことなく布団に潜り込んだ。
 

何時の間にか眠りについていたようで、母の声で目が覚める。

朝は、昨日の出来事を夢だと思わせるに十分の日常を運んできた。
何時ものように支度をして、鞄を背負うと学校へ向かう。

昨日不思議なものと出くわした道に差し掛かったが、朝の光の中では何も不思議なところなどなかった。

ふ、と思い出す。

「何をとられたんだろう…」

何かを持って行ったはずなのだが、何もなくなった様子は無い。
首をかしげながら雪を蹴り蹴り道を進む。

「あっ」

昨日、狐に囲まれた辺りだった。

車に轢かれたのだろうか。道の端に一匹の狐が死んでいた。

「同胞って、この狐の葬式だったのか…」

軽く積もった雪の中に何かが光る。
恐る恐る雪を払うと、出てきたのは鈴。

「これ…おばあちゃんがつけてくれた…」

祖母がくれた根付だった。
よく見ると鈴の隣に、飾り紐で編んだ小さな「わらじ」が付いていた。

これを履かせたのか。
そっと根付を元の場所に置き、狐に背を向けた。

背後で鈴の音がした気がした。            


冬の葬列 了

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