鵺奇譚
□夢日記
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11月1日。
空を飛ぶ夢を見た。
何処までも何処までも。
私は鳥でもないのに、空を飛んでいけた。
11月2日。
見知らぬ町にいた。
知らない男の人と二人でただ町を歩く。
男の人が何か言ったが、私はただけらけらと笑うだけで。
何を言ったのか、何が可笑しかったのかも解らなかった。
11月7日。
白い部屋にいた。
それしか覚えていない。
私は、数ヶ月前から夢を日記につけていた。
夢は面白い。
覚えていない日もあるけれど。
不思議な夢。
楽しい夢。
怖い夢。
正夢と言うものだけは、まだ見たことはない。
最初は、学校に行ってから書き記していたのだが、その間に忘れてしまうことが多かったので、枕元に日記帳を置いて寝ることにしている。
今夜もそうして灯りを消す。
今夜は良い夢を見れたらいい。
11月8日。
凄く昔の日本家屋みたいな所にいた。
土間と思われるところに立っていて、其処から家の中を覗くとぼさぼさの白髪を振り乱したお婆さんが下を向いたまま座っていた。
私は怖くなって、外へ出た。
11月10日。
また、同じ家の夢を見た。
土間からぼさぼさの白髪を振り乱したお婆さんが見えた。
やはり怖かったので、声を掛けずに外へ出た。
11月11日。
不思議なことに、またあの家の夢を見た。
さすがに気持ちが悪い。
私は同じ行動をとって、家を出た。
続け様に同じ夢を見て、少し奇妙な気分になる。
夢日記をつけている事を知っている友人達に相談してみるが、「気にするな」と一笑された。
苦笑いながら気になるよ、と返す。
「じゃあさ、今日も同じ夢を見たら違う行動をとってみたら?」
「違う行動?」
「おばあさんに話しかけてみるとか」
私は今夜も見そうな予感がしていたので、それを実行してみようかと思った。
所詮、夢は夢だ。
目が覚めれば、何も無い。
怖い映画を見たときと同じ。
そう思ったのだ。
その日の夜。
私は――やはりその昔の日本家屋みたいな所にいた。
土間と思われるところに立っていて、其処から家の中を覗くとぼさぼさの白髪を振り乱したお婆さんがいた。
私は怖くなって、外へ―――と思ったが、足を止めた。
「あなたは誰ですか?」
土間からお婆さんに声をかけてみた。
応えは無かった。
もう一度声をかけてみた。
「あなたは誰?」
すると、下を向いていた白髪頭がぐんっと正面を向き、歯のない口がにたりと裂けた。
「アタシは―――だよ」
突然お婆さんが叫んだ。
何と言ったのかは聞きとれなかった。
聞き返す気にはなれなかった。
凄く怖かったから。
後ずさりして外へと飛び出す。
後ろでお婆さんがまた叫んだ。
「―――だから―――んだよ!」
私は耳を塞いだまま、森の中へ走っていった。
11月13日。
また同じ夢を見た
今日はお婆さんに誰なのか話しかけた。
するとお婆さんは―――
書きかけて。
ふと手を止めた。
思い返すと、おばあさんの声が頭から出てきそうで。
「アタシは―――」
思い出してはいけない。
「アタシはお―――だよ」
あの家とお婆さんの姿が自室に重なる。
夢が現実に被さる。
「お―――えなんだよ」
「菜月―!起きてるの!?遅刻するよー」
はっと我に返る。
急に母が部屋に入ってきてお婆さんの声を掻き消し、二重になっていた姿も消えた。
「何してるの?早くしなさい」
「い、今着替える。今、夢日記付けててさ…」
支度をしながら、母に日記帳を示す。
「夢日記?やめなさいよ、そんな縁起でもない」
「何で縁起が悪いの?」
母の嫌がりっぷりに何だか不安を覚えた。
「夢を日記に記し続けると、夢の人に取り込まれて死んじゃうって、お婆ちゃんがよく言ってたからね」
表情をなくした私に気がつかず「早くしなさいよ」と母は部屋を出て行った。
私はその日、夢日記のノートを捨てた。
夢日記 了