鵺奇譚
□箱の中
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年末年始の長休暇に、何年振りか実家に戻った。
高校を卒業して家を出て、それきり入ることのなかった自分の部屋。
此処を出たあの日のままにしてあった。
「懐かしいな…」
軽く埃の積もっている机に本棚。
擦り切れた薄黄色の背表紙の本は、お気に入りだった小説。
彼の幻想的な文章に憧れて、何時しか小説家になりたいなんて夢を抱き、何度か真似事をした。
そしてそれは夢で終わってしまった。
今の自分はただの会社員。
身も心も疲れきって、故郷に安息を求めるつまらない人生。
時間がやけに早く過ぎて、何も残せずに今に至る。
一体自分は、何をしたかったのだろう。
溜息と共に沈み込むようにベッドに腰掛ける。
カタッ
微かな音に耳を澄ませる。
カタカタッ
再び鳴ったその音は、最初よりもはっきりと聞こえた。
「…何だろう?」
音は何度も鳴った。
まるで見つけてくれと言っているように。
ガタン…
「!」
机の一番下の引き出しの中で、大きな音がした。
古い家だ。鼠でも居るのだろうか。
だとしたら捕まえなくては。
恐る恐る引き出しを開けた。
「…?」
何も動く気配はない。
鼠ではなかった事に少しばかり安堵して、大きく引き出しを開けた。その中には少し大きめの菓子の箱が入っていた。
特に何も思い出せず、手を伸ばそうとした
その時――――
かたん
「わっ」
突然箱が動き、手を引く。
中に何か入り込んだのか。
箱は小刻みにカタカタと動いている。
蓋を開けないように、持ち上げてみた。
特に重い訳ではない。
「?」
引き出しから出したその箱を床にそっと置いてみる。
かたん、と、蓋が開き損ねたきり箱は大人しくなった。
「…」
数分箱と睨み合った末、何の音も動きもしなくなった箱の蓋を、そっと持ち上げて見た。
「あ…」
箱の中を見て、唖然とした。
中には生き物なんて入ってはいなかった。
入っていたのは、遠い昔、自分が書いた小説だけだった。
箱の中 了