鵺奇譚

□月光奇譚
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夜なのに、やけに明るいと思ったら、いつの間にか月が出ていた。

街の明かりから遠く離れた河川敷で、僕は一人佇んでいた。
何を思うこともなく、ただ暗い水面を見つめながら。
月の光が反射して、一部だけキラキラ光って。
それを綺麗だと思った。

「お兄ちゃん。またここに居たの?」

振り向くと、遠い街灯の光が逆光になってシルエットだけを浮かび上がらせる。

「サユ」

顔が見えない。
でも、笑っているのが解る。
「どうしていつもここに居るの?何か見えるの?」
「見えるよ。月の光が見える」

橋の影に入り、漸く薄闇にサユの顔が浮かんだ。
「月の光?」
僕は水面を指差す。
「ほら、月が映っている」
ゆらゆらと水面に浮かぶ月は、僕に向かって伸びていた。

「サユ。月の捕まえ方を知ってる?」
「月なんて捕まえられないよ」

僕は笑って水に手を伸ばす。

「ほら、見て」
両手に掬った水を顎で示す。
「ただの水だよ」
「水だけど、良く見て」
掬った水の中に月が揺れる。
「あ」
「ね?」

月は僕の手の中で揺れ、零れ落ちる水と共に消えた。
「逃げられた」
そう言って二人で笑う。
水に濡れた手を振りながら、僕は川面に映る自分の影を見る。
暗くて顔は解らない。

「サユ」
「何?」

僕は水面から目を離すことなく、サユに問いかけた。


「どうして水には僕だけしか映らないんだろう」


「さあ、どうしてかな」
サユは微笑んだようだった。

風が吹いた。
急に水面に映る影が消えて辺りが暗くなった。

月が隠れたから。
「…サユ?」
遠い街灯の光だけを頼りに、サユの姿を探した。
「サユ?」
応えはなく、聴こえるのは水音と遠くの喧騒。

暗闇に僕は一人―――

その時僕は"再び"思い出すのだ。
僕には『妹』なんて居ない事を。

ゆっくりと僕は河川敷に背を向けた。
コンクリートの舗装を歩いていると、再び月が顔を出す。

「お兄ちゃん。帰ったらどうしようか」
「そうだな、まずはご飯かな」
隣に並んだサユは、少し早歩きで着いてくる。

まるで月のように。
足元に目をやる。

影は―――一つだけ。

月が綺麗な夜だった。


月光奇譚  了

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