鵺奇譚

□夜の蝶
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「夜に飛ぶ蝶を、捕まえてはいけないよ」


そう、初めて言われたのは何時の頃だっただろうか。

言ったのは優しかった祖父。
幼かった私に、何度も繰り返した祖父の言葉。確か、この後も何か続くはずだったのに、もう思い出せない。
もう一度聞きたいと思っても、祖父は管に繋がれて久しい体。

きっと二度と聞くことは無い。

盆が近くなり、夏から秋に移り行く空模様。
8月に入ってからの蒸し暑さに、いい加減うんざりして来ていた私の許に一本の電話が入った。
それは祖父の危篤を告げるものだった。

働き始めて既に4年。
ずっと入院したままの祖父に会っていなかった私は、後ろめたい程の何かが胸の中に沸いた。
私は至急会社に休暇を申し入れ、実家へと急いだ。

戻って直ぐに病院へと訪れ、昔の面影も無いほどにやせ細った祖父と対面する。
連続的に呼吸器が音を立てている白い部屋。
夏の蒸し暑さのない病室は、何だか時間が止まってしまっているようでさえあった。

「お爺ちゃん…分かる?私、加奈子だよ?」

応えが返って来ないのは分かり切っている。それでも集まっている親族の前では、やらなくてはならないであろう儀式の一つ。

「御免ねぇ、カナちゃん。だけどお爺ちゃん、ちゃんと分かってるよ」
「遠くからよく来たね。感心だねぇ」

口々に飛び出す親族の労う声。
それに愛想よく笑顔で適当に返すと、病室を出た。

祖父の遺産に集まった親族達。
息が詰まりそうな程の欲の塊。
今まで何の音沙汰もなかったはずの、親族が集まるのはこういう時だけだ。

一般面会時間が終わったと同時に、ぞろぞろと出て行く。
残ったのは、ずっと祖父の面倒を見てきた母だけ。
私が代わりに残ると言ったのだが、母は首を横に振った。

最期まで見届けるつもりなのだろう。
医者は明日まで持たないだろうと言っていたから。

私も病院内に残った。
隣の空き部屋で仮眠を取らせてもらえることになり、一度は横になったものの、何だか寝付けなかった。
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