鵺奇譚

□白詰草話
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あれは、小学4年生の夏休みだった。

家族で田舎の祖父母の許へ一週間程遊びに行った時の事。

コンクリートの道、街路樹程度の緑しか知らない僕と、6歳になったばかりの妹は全てが物珍しくて。
山道、野原を走り回ってはどろどろになるまで遊んでいた。


この土地に来て5日目。

まだ未踏であった山道へと足を進めていた僕らの前に、不思議な石像が現れた。
知っているお地蔵様の形とは全然違う、ずんぐりとした石像。

朽ちかけた、雨を凌ぐ事さえ出来なさそうな小さな堂。
その後ろからひょこりと見知らぬ顔が出現した。

「こんにちは」

堂の後ろから現れた少年はにこりと笑いかけてきた。
同じくらいの年頃だったのもあり、僕は緊張と警戒も程ほどに挨拶を返す。

少年は「ヨウ」と名乗った。この土地に住んでいるのだという。

僕らは「取って置きの場所に連れて行く」と言う彼について、道なき道を歩いていった。

幾つかの小川や、急な坂を越えてみるとそこは一面の白詰草の咲く原。
僕らはあまりの光景に息を呑んだまま。
その隣でヨウが笑う。

「綺麗だろ?」

白詰草の海の中に飛び込むと、青臭い匂いがした。
冷たい葉の感触と相まって、それはとても気持ちが良く、僕は寝転び目を閉じる。
隣で妹も僕の真似をしている。
きゃっきゃっと泳ぐように足をばたつかせる妹に、ヨウは微笑む。

「さやかは可愛いな」
「僕の妹だからね」

目を開けぬままヨウに応える。
ヨウは笑ったようだった。

「さやか、僕のお嫁さんにならない?」

まだヨウに慣れないさやかは、逃げるようにさっと僕の側に寄り添う。

「さやかは照れ屋だな」

そう言うとヨウは綺麗に丸く咲いた白詰草を一本、また一本と丁寧に摘み、器用な手つきでそれを編んでいく。
見る間にそれは輪になって、さやかの頭を飾った。

「花の王冠だ。お兄ちゃん、見て!」
「綺麗だね。良かったな、さやか」

さやかは大きく頷いてヨウに笑いかける。
彼女なりの礼の徴だ。
ヨウはさらに花を長く編んで、首飾りを作って妹を飾る。

「ほら、お姫様みたいだ」
「さやか、お姫様みたい?」

花の冠に気分を良くしたのか、妹は急にヨウに懐いた。

「さやか姫。僕のお嫁さんになりませんか?」
「うん!さやか、お嫁さんになる〜」

ヨウの背中に負ぶさって、白詰草の中を走る。
その背で楽しそうに笑う妹。

妹のお目付け役に飽きてきていた僕は、ヨウに妹を任せて目を離す。

空が真青だった。
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