鵺奇譚
□僕のおじいちゃん
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「見ててご覧」
何もなかったはずの手のひらを、もう一度開くとそこには飴玉があった。
「すごい!」
「凄いだろう? じいちゃんは魔法使いなんだ。皆には秘密だぞ」
僕のおじいちゃんは、僕が遊びに行くといつも不思議な「魔法」を見せてくれた。
コップの中のコインが消えたり、僕がサインしたカードが僕の帽子の中に移動したり。
僕はおじいちゃんの「魔法」に夢中だった。
ある日、僕はおじいちゃんに聞いてみた。
「おじいちゃんは魔法使いだから、空も飛べる?」
おじいちゃんは少し難しい顔をして、空を見上げた。
「おじいちゃんはまだ、空を飛ぶ魔法を習得していないんだ。だけど、いつかきっと習得して、空を飛んで見せてやろう」
僕は少しだけがっかりしたけれど、いつか空を飛んでくれるおじいちゃんの姿を思い浮かべた。
それはとても格好よかった。
商店街の人たちがびっくりして空を見上げる。学校の友達も、隣のクラスのいじめっ子も、皆が驚いて空を見上げる。
その時、僕は大声で叫びたいと思った。
あれは僕のおじいちゃんなんだって。
でも、それは秘密だから。二人だけの秘密だから、我慢して心の中で叫ぶんだ。
僕のおじいちゃんは、魔法使いなんだぞ! って。
だけど、おじいちゃんはそれから病気になって、遠くの街の大きな病院に入院してしまった。
大好きなおじいちゃんに会えなくて、僕はとても寂しかった。
お母さんがお見舞いに行っちゃダメだって言うから、僕はもうずっとおじいちゃんに会っていない。
もうずっと、ずっと。
あれから七年の月日が経って、僕はもう高校生。
だから、おじいちゃんが見せてくれた「魔法」の数々が、マジックだったと知っている。
おじいちゃんに見せたかった制服を着て、僕は祭壇の前に座る。おじいちゃんは笑顔で僕を見下ろしている。
「智樹は、おじいちゃんが大好きだったもんね」
おばあちゃんが涙ぐんだまま、菊の花と、おじいちゃんが大事にしていたトランプを棺に入れた。
告別式も終わり、おじいちゃんの棺が火葬場へと運ばれていく。
僕はドキドキしていた。
何故ならば、一昨日の晩。息を引き取ったおじいちゃんが家に帰ってきた時――
僕は傍に座って、白い布が顔にかかったままのおじいちゃんを見つめていた。
すると「智樹」と誰かが呼んだ。
振り向いて、耳を済ませてもみんな居間で葬式のことを話し合っているらしく、僕の名前なんて呼んではいない。
「智樹」
それなのに、僕の名が呼ばれる。
まさか。
「おじいちゃん……なの?」
「そうだよ。ほら、触ってご覧。温かいだろう?」
白い布をはぐって頬にそっと触れる。確かに温かい。
「おじいちゃん、生き返ったの? お母さん呼んでくる!」
「待て待て」
立ち上がった僕をおじいちゃんは笑いながら引き止めた。
「だってこのままじゃ、明日おじいちゃんのお葬式になっちゃうんだよ?」
「それなんだけどな、明後日、火葬場から魔法で大脱出をしてみようと思うんだ。勿論、みんなには秘密だぞ?」
「そんなの無理だよ」
僕が困ったようにそう言うと、おじいちゃんは「大丈夫」と笑って、再び口を閉ざしてしまった。
それから今に至る。
火葬場に運ばれる親族の別れの時、おじいちゃんはそっと、僕にだけ分る声で「空を見ていろよ」とだけ言った。
火葬場では、本当に事務的な流れで棺が運ばれていった。
おばあちゃんやお母さんが泣いている。
棺が見えなくなると同時に、僕は火葬場の外に出た。
「……本当かな」
僕は空を見上げる。
晴天。空を飛ぶには最適だ。
「智樹」
名前を呼ばれて辺りを見回す。
「智樹。上だよ! 上を見ろ!」
笑い声とともに名前を呼ばれ、見上げたそこには真っ白な煙と、おじいちゃんの笑顔。
「おじいちゃん!」
「どうだ! 約束通り、空を飛んで見せたぞ! じいちゃんはこれから、魔法の国に帰る。またな、智樹!」
豪快な笑い声と煙は、風に乗って南へと流れていった。
僕は大声で叫びたかった。
だけど、これはおじいちゃんと僕だけの秘密だから。
だから小さく呟いた。
「僕のおじいちゃんは、魔法使いなんだぞ」
了