鵺奇譚

□花冠
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僕は「お姉さん」が大好きだった。

幼い頃の僕は、父が長期休みになると父方の田舎で過ごしていた。

どうやって出会ったのかは忘れてしまったけれど、僕は祖父の家の隣に住んでいる「お姉さん」が大好きで、田舎に居る間はほぼ毎日のように会いに行っていたと思う。

一緒に外に出た記憶は無い。いつも何枚もの着物を重ねて着膨れていた「お姉さん」は体が弱いらしくて、外に出られなかった。
だから、僕はおやつや、祖母の庭から千切った花を手土産にして、毎日窓越しに「お姉さん」の所に通った。

「お姉さん」はいつも、僕が持っていく手土産を喜んでくれた。そのお礼にと色々なお話を聞かせてくれた。
手土産にした花の名前を教えてもらい、その由来や、花にまつわる昔話もしてくれた。

「やっぱり『お姉さん』は物知りだなぁ」
「そう? ケンちゃんのお婆ちゃんも知っとる話え」

ふふ、と笑って「お姉さん」は僕の持ってきた花を輪になるよう編んだ。

「こうしてケンちゃんの好きな娘(こ)の頭に被せてやれば、一瞬で花嫁さんの出来上がり」

「……好きな子なんていないよ。僕が好きなのは『お姉さん』なんだから!」
顔を真っ赤にした僕がそう言うと、「お姉さん」はコロコロと笑った。
その笑顔はとても綺麗だったけど、それは子どもの言うことだと本気にしていない、そんな笑い方だった。

「本気だよ! 僕は本気でお姉さんが好きなんだから!」
悔しくて僕は大きな声でもう一度叫んだ。

「おや、嬉しなぁ。そんなに好いてくれるん? じゃあ妾(あたし)をケンちゃんのお嫁に貰てくれるえ?」
「うん! 約束だよ!」

そう言って、僕は格子から小指を立てた手を伸ばした。

「約束?」
「そう。指切りしよう! 『お姉さん』が他所にお嫁に行っちゃわないって約束して!」

幼い僕は「お姉さん」に、何処にも行かないと約束して欲しかったのだ。
少し首を傾げるようにして、「お姉さん」は僕の小指に自分のそれを絡めた。細くてひんやりとした指だった。

「ゆーびきーりげーんまーん」
「拳骨を万回もされるん? コワイなぁ」

僕が歌うと「お姉さん」はそう言って笑った。

「ゆびきりげんまんってそういう意味なの?」
「そう。ケンちゃんとこのは、そう言う歌なんね」
「じゃあ「お姉さん」が知ってるのは?」

僕の知らないことを沢山知っている「お姉さん」が、どんな歌を歌うのか興味本位で訊いてみた。
すると「お姉さん」はにっこりと笑って、綺麗な声で歌いだした。

「くーまのーのかーらすーがなーなじゅーにおーちた」

節に合わせて小指を繋いだ手を小さく振る。


「かーみきーりすーみいーれちーかいーのだーんさん」

それが子供心に楽しくて。
僕は微笑む「お姉さん」の声にじっと耳を傾けていた。
何のことを歌っているかは全く分らなかった。でも最後だけは同じ。

「指切った」


僕は満足だった。
だって、これで「お姉さん」は僕のだって思えたから。

だけど、この日を限りに僕が「お姉さん」のところに行くことはなかった。
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