鵺奇譚

□二兎を追う者は一兎をも
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空瓶を片手に、ちらりと目覚まし時計を見る。零時まであと三分になった。
窓辺に立って空を見上げる。
そこには大きな満月が夜を青く照らしていた。
床にはスタンド式の鏡を二つ。向かい合わせに設置してある。

「何で、こんな事してるんだろう」
そう、一人ごちて十二時間前のことを思い出す。
 
「合わせ鏡は悪魔の通り道ぃ?」
購買で買ってきたばかりのパンに、噛りつこうとした時だった。
「そう! 満月の夜、零時丁度に合わせ鏡をすると、そこに悪魔が通るっていわれてるんだよ」
目をらんらんと輝かせた加奈が語る。
「馬鹿馬鹿しい。悪魔って……アンタ幾つ?」
「マナちゃんは悪魔とか信じないの?」
「加奈は信じてるわけ?」
言わずもがな、といった表情で頷かれた。

「あのね、この時、空のビンを置いておくと悪魔は中に吸い込まれちゃうんだよ。ビンのふたをしたら悪魔を捕まえることが出来るんだって!」
「はぁ?」
気の抜けた私のことなど気にもせず、加奈は熱弁を続ける。

「悪魔は零時一分になる前に、鏡の中に戻らないといけないの。だからビンから出して貰う代わりに、何でも一つだけ願いを叶えてくれるんだって。何を叶えて貰おうかなぁ」
「……で?」
全く興味がない私は、パンを咀嚼し続ける。
あからさまな態度に、流石の加奈もぷくっとむくれた。
「何でも叶えてくれるんだよ? ちょっと怖いけど、捕まえて見たいとか思わない?」
「思わないけど」
最後の一欠けらを口に入れて、コーヒー牛乳で流し込む。

「マナちゃん、本当は怖いんでしょ。だからそんなこというんだ」
「怖くないよ。信じてないもん」
この一言に、加奈はカチンと来たようだった。
「じゃあ出来るよね? 怖くないんだもんね? 今晩満月だから、私に悪魔なんかいないって証拠見せてよ」

売り言葉に買い言葉。私は承諾してしまった。そして今に至る。

どうして私は律儀に鏡を合わせて、空瓶を用意してるんだろう。
悪魔が合わせ鏡を通るなんて迷信、信じてはいない。だけど、何だか変な高揚感があった。
証拠ムービーを撮るために、鏡の横に置いた目覚まし時計は、あと一分で零時になると示している。

零時を待って時計を見つめる。
秒針が何時もより、ゆっくり回っている気がした。

あと十秒。
……五……四……三……二……

とん、と右手のビンに小さな振動があった。

「え」

慌てて蓋を閉めたビンを見ると、中に何か入っている。
「ええっ!」

何かとても小さくて、歪んだ蝙蝠みたいなものが入っているのが見える。
悪魔って本当にいたのかと思っていると、ビンから低い声がした。

「ビンから出してくれたら、何でもひとつだけ願いを叶えてやる」

「ね、願い……?」
しまった。本気にしていなかったから「願い事」を用意していなかった。

私は急いで願いごとを考えてみる。

そういえば新しいパソコンが欲しかったっけ……だめだ。そんなの自分で何とかできる。もっと凄いお願いしなくちゃ!

ちらっと見た時計の秒針は、さっきと違って急いで動いているように見える。
美人になりたい。いやいや、頭が良くなりたい?
お金持ちになりたい? 
ああ、決まらない! 

あと十秒!
……五……四……三……二……

そうだ! 願い事を増やすってのはどうだろう。
美人で、頭が良くて、お金持ちになりたいって言えばいい。

「願い事を三つに増やして!」

どや顔をして、ビンに向かって叫んだ私に応えはなかった。

「え? なんで?」
覗き込んだビンの中には何もいない。

「ゆ、夢?」
時計は零時一分を過ぎていた。

「ムービー撮るの忘れてた……」


二兎を追う者は一兎をも  了

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