別世界の扉 ワンパンマン

□不死者の憂い
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「よぉ。”先生”」

 聞き覚えのある声に振り返れば、相変わらず顔色の悪い男が立っていた。
 左腕と左半顔を損傷した――といえば聞こえはいいが、実際は吹き飛ばされたのか、はたまた噛み千切られたのかといった、見るに堪えない程、酷い抉られ方をしたその部分からは背後の景色が見えている。
 それなのに、目の前に立つ男は気にした風もなく、失った親指が未だ再生中の右手を挨拶代わりに軽く上げて見せた。

「ゾンビ……お前、相変わらず心臓に悪い姿で現れるよな」
「あ? これでも大分再生してから来たんだぜ? アイツの片割れに頭すっぱり持っていかれてな」

 彼が顎でしゃくった先には、未だ交戦中のジェノスと怪人の姿がある。
 災害レベル鬼。そういう呼び出しでY市近郊まで来たサイタマとジェノスだったが、到着した時には既に一体しか見当たらなかったところを見ると、頭を失いつつもゾンビマンが倒したのだろう。

「お前が戦れば直ぐに片がつくだろうに」
「うん。まあ……そうなんだけど。ジェノスが1人で十分だって言うから、な」
「弟子の意見を尊重か。相変わらず弟子想いだな、センセ」

 漸く再生した親指を確認して、自らのか怪人のか分からない血糊に染まった上着の内ポケットから、煙草を取り出して一本咥える。

「付近の住民は避難してるし、好きにやらせてやるのもいいけどな。さっさと片付けないと街の状態がどんどん酷くなるぞ」

 片手でライターを扱うも、交戦中のジェノスと怪人が動く度に起こる爆風に中々火がつかない。舌打ちをするその口元に、見兼ねたのか赤い手袋が風を遮るように伸びた。

「ん。悪い」
 漸く念願の紫煙を吐き出すその顔は、先程よりも再生が進み左目が作られ始めていた。それを間近に見て眉間に皺が寄るサイタマの顔を見て、チアノーゼの唇がにやりと口角を上げる。

「気持ち悪いだろ」
「うん。グロい。間近で見るもんじゃねぇな」
 あまりにも素直な言葉に、ゾンビマンは思わず噴出した。
「ちょ、もう少し言い方……」
「なぁ、これ……脳みそも再生してるよな?」

 ゾンビマンの言葉を遮り、無遠慮な視線が左側に注がれる。
「記憶が飛んだことはないから再生はしてるだろうな。まあ、実際、記憶が飛んでたら俺に判断はできないとは思うけどよ」

 自分で訊いた癖に、興味なさげな「ふーん」と言う応えだけ返って来る。
「それが何だ」
「いや……」

 言葉を濁すサイタマの視線が左に流れる。同時に左目の再生が終わり、ふっと広くなったゾンビマンの視界の端に、破損しながら怪人に止めを刺そうと躍起になっているジェノスの姿が飛び込んで来た。

「アイツもパーツ交換して再生できるんだろう?」
「腕とか目はな。ただ脳だけは生身だから」

 ああ。そういうことか。
 サイタマの素っ気無く短い言葉の中に、ある種の感情を垣間見て口の端から紫煙が漏れる。

「……何、笑ってんだよ」
「いや、麗しい師弟愛だなと思ってな」

 何時も破損する弟子が、何時か生身の部位を破損してしまうかもしれないという不安から、どんな細切れになっても再生するゾンビマンの体を一瞬でも羨ましいと思ったのだろう。
 当人はその再生こそ疎み、何時でも死を求めているというのに。

「……なぁ、サイタマ。もし、災害レベル神が
来て」

 そこまで言ってゾンビマンの声は轟音にかき消された。
「先生!! お待たせして申し訳ありません!」
「おー。終わったのか」
「はい!!」
 駆け寄ってきたジェノスはゾンビマンに一瞥をくれただけで、その存在を忘れたようにサイタマだけをその目に映す。

「今日は破損箇所も自分で直せる程度で済みました。予定通り、むなげやのタイムセールに間に合いますね」
「よし、ダッシュで戻るぞ!!」
「はい!!」
 
 相変わらずの質素な生活をしているらしい師弟をぼんやり眺めていたゾンビマンに、サイタマが「じゃあな」と声を掛け、数歩走り出したところで振り返る。

「さっきお前、何か言いかけたろ? 何だったんだ?」
 何の感情も読み取れない。答えを本当に欲しいのかさえ分からない顔だった。
 その顔を見ていると、妙な感傷などどうでもよくなった。

「……何だったかな。忘れちまったよ」

 紫煙を吐き出して嘯くと、サイタマは「そっか」と背を向けた。
 すぐに見えなくなったその背を見送って、ゾンビマンは左腕の再生を確認する。五指が揃ったのを目視してそのまま顔に触れた。再生は終わっていた。

 何時になればこの体の再生は終わるのだろう。
 何度微塵となったら死ねるのだろう。
もし、災害レベル神が来て、この世界が滅茶苦茶になったとしても死ねる気がしない。
 たった一人残される恐怖。それが堪らなかった。

 だが今は――


 何が起こっても死ぬようなタマじゃないアイツと、二人生き残ってみるのも悪くないと思った。



  了

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