別世界の扉 ワンパンマン

□あの日、あの時
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「しかし先生。コレを機にスーツを新調するのもありかもしれません」

割り箸を咥えたまま腿に飛んだ醤油を拭く手を止めて、「え?」と俺を見つめてくる先生。
いつもより0.12mm大きく瞳が開かれていて、可愛らしさが増している。抱きしめてしまいたい。

「なんなら、俺がプレゼントしますよ」

一呼吸待って、耳元で「せんせい」と囁いた。



――のだが。
何がいけなかったのか。

先生は「いらねーよ!! つか、本当に俺の話聞いてたのかお前!!」と、声を荒げていってしまった。

節約家の先生のことだ。無駄遣いと見なされたのかもしれない。

先生のためなら金銭など幾らでも……いや、そうじゃない。それだけの理由でスーツの新調を申し出たわけではない。
俺の知らないところで、俺の知らない先生が、俺の知らない男に贈られた物に、その美しい肢体を包まれているというのが問題だ。
アレだけ体にフィットするスーツだ。採寸をきちんとしなければ作ることは不可能。つまり、先生はその男に、その滑らかな肌に触れる許可を出したということになる。

「……くっ!!」
 想像しただけでコアに負担が掛かる。

 どうにかしてスーツを新調させる方向に持っていけないものか。
 そう考えてはや数日。怪人出現の度にアクシデント焼却を試みているものの、あの風に美しく棚引く純白のマントさえ焦がすことが出来ないでいる。
 何故だ。俺は深層のどこかで、先生の美しい想い出の品を奪うことになることを恐れ、躊躇しているのか?
いや、そうではない。単純に俺のスピードでは先生を捉えられないと言う事なのだろう。
流石は先生。俺の企みさえ貴方の前では塵芥同然なのですね。
仕方なく俺はスーツの焼却を諦めた。しかし、もっと大事件の時にもう一度試してみようとは思う。もしかしたら、という事があるかもしれない。
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