時の井戸

□切除
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「梵天丸!!!」

息を切らせながら部屋へと踏み込めば、小十郎の射殺す勢いの視線と共に、「静かに!!」と怒気を含んだ知らぬ声が飛んだ。

「…っ」
応えを貰えずに苛立って小十郎の背中へ近づけば―――

「梵…!!!?」

先ほどまで二人が座っていた場所に、梵天丸が寝かされていた。
ただし、その顔中には赤いものがこびり付き、それを押さえたのか両の手も真っ赤に濡れている。

「なん…で…」
先程まで、あんなに可愛らしく頬を染めたり、拗ねたり、笑ったりしていたのに。
凄惨な姿と成り果てた梵天丸の姿に、流石の吉法師も足に力が入らず何歩か後退ると、その場に座り込んでしまった。

小十郎ともう一人の青年が出血を止めようと布を当てている。
その二人の脇から見える、梵天丸の顔。
酷く血に染まった右半顔とは裏腹に、血に汚されていない青白い肌が死人の様だ。

「梵!!」
一足遅く部屋へ辿り着いた輝宗と良直は、一目見るなり状態を看破した様で、小十郎の邪魔にならないように梵天丸の頭上へと座す。

「殿…!!」
「状態を説明せよ!!」
気づいた二人が目礼し、良直に促されて状況を説明する。

「梵天、なんて事を…自身で右目を抉ったのか」

右目を―――抉った?

先刻、梵天丸の硬い表情と包帯を見つめた姿が思い出される。
あの時、梵天丸は決心していたのかもしれない。

その時に気づいてやれていれば!!!
自責の念に囚われる。
だが、あの時に気づいた吉法師が出来ることなど何もなかった筈だった。
その堂々巡りに、答えなど出る訳も無く。

目の前の梵天丸が血の気を失っていくのを、ただただ見つめていた。


暫くして、喜多に連れられた侍医が慌しく走り込んできた。
「梵天丸の目は!!?命はどうなる!!」
侍医を急かす様に輝宗の言葉が飛び、良直が苛苛と膝を揺する。
そんな緊迫の中、溢れ出る血を拭き拭き、侍医が目の様子を診る。

「右目は…半ば抉り落とされ様としております。このままにしておく事は出来ませぬ」
「どうすればいい」
間髪射れず、輝宗は問う。

「切り落とすしかないかと…ですが、非常に難しい箇所で、私の老いた目では…」
「怖気づいたか!!貴様、医者であろうが!!!」

良直が鬼の形相で侍医の胸座を掴む。
「父上、落ち着かれよ」
小十郎と共に梵天丸の血止めをしていた青年が、冷静に良直を止める。

「もっと灯りを」
青年に指示され、喜多が幾度も往復して持ってきた灯りが増えていくに連れて、梵天丸の白い肌を伝う赤い血が鮮やかになっていく。
そして、梵天丸の血止めをしていた青年が、医者の小刀を火で炙り始めた。

「綱元。お前…まさか若の目を切り落とすつもりか…?」
良直が呻く。
「若の御身に刃を向けるなど…!!」
「そうしなければならないのでしょう?侍医殿」
侍医は重く頷く。
青年―――綱元は、小十郎に灯りを周囲に配置させ、梵天丸の溢れる血を抑えながら輝宗に顔を向けた。

「殿。私が切り落としても宜しいですか」

その優しげな容貌には似つかわしくない豪胆な発言に、一呼吸置いて輝宗は頷いた。
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