時の井戸

□再び〜再会
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「どうしても―――梵天丸に会いたいんだ」

喜多にではなく、吉法師は殺気にも似た怒りを放つ小十郎に懇願した。
病に臥して、目が片方無くなった?
だからどうした。

梵天丸は梵天丸じゃないか。

「…分かった。童子同士なら若の気が紛れるかも知れぬ。着いて来い」
「だから、俺の名前は吉法師だ!!」
飽くまでも童子扱いをする小十郎に少々腹を立てつつ、その背中を追った。


案内されたのは奥まった場所にあるものの、部屋のまん前には大きな櫻と思しき大樹がある庭が面していた。
今は雪に埋もれてはいるが、春には見事な花を咲かせるのだろう。
日当たりもいい、風も通るだろう。
それなのに何故か暗くて重い空気が漂う。

「若、小十郎で御座います」
障子越しに小十郎が声を掛ける。
だが返事は無い。
「若」
もう一度声を掛ける。
中で衣擦れの音がした。

「…帰れ」

微かな声。
でも、分かる。
この声は確かに―――

「梵天丸!!!」
勢い良く障子を開く。
「な…!?」
咄嗟の事で膝を付いた姿勢の小十郎に、それを止めることは出来なかった。
吉法師は制止される前に素早く部屋に入り込むと、衝立の奥に回り込む。
「梵天丸!!」
「な…お前…吉法師!!!!?」
「よ!…久しぶり?」
敷かれた布団の上に座り込んでいた梵天丸は、先日会った時よりも少し大人びていて、本当に2年の月日が流れているのを実感した。
驚いた表情のまま、固まってしまった梵天丸を覗き込む。

少し伸びているものの、真直ぐな射干玉の黒髪。
真っ白な肌は変わりなく、少し細くなったように見える。
そして―――片方きりになってしまった黒曜石の瞳。

あの時よりも、憂いに濡れている様に見えるその片方きりの黒瞳が綺麗だと思ってしまった。

「お、おい…!!若の寝所から出て行け!!」
小十郎が吉法師の肩を掴む。
「…よい。小十郎。…知己だ。下がっておれ」
梵天丸が静かに制すと、小十郎は渋々部屋を出る。
かなり鬼気迫る視線を吉法師に投げて。
「…あ、えっと…梵天丸、あん時は急に居なくなって悪かった…梵?」
じっと見つめられているのに気がついて照れ隠しに首を傾げる。
「……お前、本当に居たのだな…」
「何だそれは」
狐狸の類の様な言い草に、憮然としてしまった。
「ほんの少ししか姿を見せなかったから…妖か何かかも知れぬと」
少しだけ思っていた。
そう、梵天丸は苦笑った。

「勝手に妖にするな。…それで、お前。体はもう平気なのか?大病をしたと喜多殿に聞いた」

病の話をすると、急に表情が曇ったのが分かる。
「疱瘡と聞いて肝が冷えたぞ。だが退けたと聞いて、流石は梵天丸と思ったわ」

「…退けたのではない」

梵天丸は俯いたままぼそりと呟く。

「右の目と引き換えに、見逃して貰ったのだ」

「…梵天丸…」
明るく努め様とした筈なのに。
やはり、あの可愛らしい顔に巻かれた包帯が痛ましく、声音にそれが滲むのを敏感に感じ取ったのか、梵天丸はきっと顔をあげ立ち上がった。

「…見よ、この醜い顔を!!」
少しずつ包帯を解いていく。
「ぼ、梵…」
制止も間に合わず、包帯が足元に落ちるや否や、長く伸びた前髪をかきあげる。
露になった右の顔。
綺麗だった黒曜石の瞳は濁った色をして、今やその眼窩から零れ落ちそうになっている。
その変わりように、吉法師はどんな顔をしていいか分からなかった。

「は!…はは…お前もか、吉法師……この目が怖いか?恐ろしいか!?」
黙ったままの吉法師に梵天丸は高らかに嗤った。

「これが、誰もが顔を背け、我が母までも怯えさせる化け物の面相よ!!」
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