時の井戸

□其の名は〜疑い
2ページ/3ページ

「は?」
「ですから、大殿がお目にかかりたいと」

大殿。
つまりそれは梵天丸の―――
「父上が?」

梵天丸も寝耳に水といった様で、吉法師を見る。
「吉法師…お前、何かしたのか?」
「うーん…分からぬ」

思い当たるのは、無断で屋敷に入っているという事位なのだが。
それを今更、梵天丸の父親に問い詰められると言うのも怪訝しな話で。

「父上は吉法師に何用か」
「私は聞かされておりませんが…兎に角。大殿が吉法師殿を呼んでおられるのです。直ぐに目通りを」

「よし、わかった」
「吉法師…」
不安そうな梵天丸の頭をぐりぐりと撫で回す。

「俺は大丈夫だ。梵は親父殿が怖いのか?」
「…父上は……優しい」

父上「は」。
苦しそうに歪む顔を見ない様に、吉法師は更にぐりぐりと梵天丸の頭を撫でると、にっと笑った。

「なら大丈夫だ。行って来る」
「…うん」
まだ不安げな梵天丸に、今度は喜多の叱咤が飛ぶ。

「若様は、吉法師殿が戻って来る前に湯浴みをして下さいませっ!!」
「え、いや…俺は…ここで待…」
「さあさあさあ!!小十郎!!こじゅーろー!!若様の湯浴みの支度をー!!」

鬼気迫る喜多に、梵天丸は頷くしかなかった。


梵天丸を小十郎に任せると、喜多は吉法師を連れて奥へと進む。
ひやりとした廊下に身震いしながら着いて行けば、雪の積もる庭が見える。
「喜多殿…ここは雪が深い土地なのだな」
「吉法師殿のお郷里(くに)では、雪は珍しいのですか?」
「降ったとて、こんなに積る程ではないな」

奥州は北の土地。
そう聞いていた。
「お郷里は?」
「尾張だ。ここより暖かい土地でな…」

何気ない話をしながら辿り着いた部屋。
「こちらです」

最初から戸は開け放たれていて、上座に1人、脇に1人男が座っている。
喜多が頭を下げる。
「大殿、こちらが…」

「吉法師殿…か」

上座の男がふっと笑う。
優しげな面相に、威厳が乗っかったような。
だが、何処か掴み辛く、底知れない感じを受ける。
この人物が梵天丸の父親かと、突っ立ったまま、じっと見てしまった。

「童子、突っ立っておらぬと殿に挨拶せい!」
脇に控えた男が厳しく叱責する。

だが、叱られ慣れている吉法師は飄々と前に進み出て、どかりと座った。

「もう名乗らぬとも知っておる様だが…俺が吉法師だ」
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ