別世界の扉 ワンパンマン

□待ち人
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「大丈夫か?」
「!?」

 言葉の割に危機感のない声がタツマキを現実に引き戻す。

 気がつけば、膝を付いて身を低くしたハゲが自分を覗き込んでいた。その近さに、何時もの罵詈雑言を浴びせようとして開いたはずの口から巧く言葉が出てこない。
 それをまた不思議がられたのか、首をかしげた男の手がタツマキの額に触れる。

「熱射病か? 熱はないみたいだけど」
 どっかまだ痛いのか? 声はそう続いたのだろうが、それを言い終わる前にその体は見えない力で弾き飛ばされた。

「おわっ!? 何すんだよ!!」

 弾かれたといっても2、3歩よろめき、足元の瓦礫に足を取られてしりもちを付いただけの男は、地面に座ったまま抗議する。

「うるっさいわね!! ゆで卵が勝手に私に触ってんじゃないわよ!! セクハラよ!」
「はあ!?」

 心底心外といった顔で見上げられたが、それ以上何も言ってこない。「ガキに興味はない」だのと言われるだろうと構えていたタツマキは、拍子抜けし「何よ」としか言えなかった。

「何でもねぇよ。ただ黙ってるより、そうやって元気に悪口言ってる方がお前らしいって思っただけ」

「……ッ」
 思わぬ不意打ちを喰らい、顔に血が上るのが自分でも分かった。
「あ、ア、アンタに心配されるなんて、アタシも落ちたものね。生憎アタシは忙しいから、暇なアンタみたいに何時も能天気で居られないのよ!」

 ハイハイと軽く流されるも、もうタツマキに突っかかる気はなかった。何も言わずにふわりと浮くと、その場を高速で離れる。


 タツマキがあの場所に行った理由は、あの日、無様にやられた自分を戒める為でもあったのだが、心のどこかであのハゲ――サイタマに逢えるかも知れないと思っていたのだと気が付いて、下唇を噛む。

 タツマキの心の中に棲むのは、妹と、かつて自分を助け導いてくれた恩人――ブラストの2人だけのはずなのに。

「早く帰ってきなさいよ、ブラスト……ッ!!」

 何時の間にかブラストが占めていた部分が、サイタマによって少しずつ上書きされていた。
 そっと額に手を当てる。
 自分の手は冷たかったが、サイタマの手の温もりを体が覚えているかのようで、体温が再び上昇する。

「……ッ」
 その唇が勝手に脳裏を過ぎった【彼】の名前を紡ごうとしたが、その四文字はついに声にはならなかった。



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