別世界の扉 ワンパンマン
□high and low
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「という事で、台所貸してくれ」
数時間後。サイタマはエプロン持参でキングの部屋に居た。
「別にいいけど……サイタマ氏、お菓子作れるの?」
「前にちょっと作ったことはある」
そう言いながら板チョコの包みを剥くと、ビニール袋に移した。
「何してんの?」
「え?」
キングの問いに振り返りながらビニール袋にスパンと一撃を食らわせた。
板チョコは一瞬にして粉々に砕ける。
「細かくしてから湯煎で溶かすって書いてたから」
ざらっと粉微塵のチョコレートをボウルに移す。それを湯煎にかけ、溶かしたチョコレートのツヤを確認すると、明らかにコンビニスイーツ王道の、生クリームいっぱいなロールケーキを千切って、無造作に混ぜ込みだした。
「え? え? サイタマ氏? 何やってるの?」
「ん? 間違ってねーから。これで簡単にチョコ菓子出来るから見てろって」
どろりとしたチョコレートが、ロールケーキを混ぜ込んだことで質感を変えていく。
スプーンで掬い上げたそれをラップに乗せて、照る照る坊主を作るような手つきで丸め形を整えると、皿の上に撒いたココアパウダーの上に転がした。
「ほら、なんちゃってトリュフの出来上がり」
ドヤ顔をキングに向けるも、「え、それ食べれるの?」という顔でキングが見下ろしてくる。
「疑ってんな? ほら、味見してみろよ」
出来たばかりの球体を指で摘まむと、ずいっとキングの顔に近づけた。
「い、いや……それって味見じゃなくて毒見ムグッ!」
後退りするキングの口に、有無を言わさず『なんちゃってトリュフ』を押し込む。
しかめっ面で咀嚼していたキングの表情が一転、驚きの表情へと変わる。
「うわ、ホントにトリュフっぽい!!」
「だろ!? ずっと前に何の雑誌で見たやつなんだけど、やってみたら意外にいけた。しかもココアさえ常備していれば200円で釣りが来る!!」
自分も味見をし、納得の出来といったサイタマの更なるドヤ顔に、キングは尊敬の眼差しでうんうんと頷く。
「ホントに節約レシピ得意だよね、サイタマ氏。この間のもやし鍋も美味しかったし」
「節約は仕方ねーだろ。時に生死に関わるんだぞ」
神の如き強さのサイタマでも、飢えれば死ぬんだろうか。そんな疑問がキングの脳裏に過ぎったが、せっせとトリュフを丸めるサイタマの姿が何だか可愛らしくて、黙って傍観することにした。
サイタマの手際のよさもあり、トリュフはものの数分で出来上がった。
後片付けを始めたサイタマを手伝いながら、キングはトリュフの乗った皿に目を遣る。
「そう言えば、ラッピングはどうするの?」
「え?」
「……まさか、皿ごと渡そうとかしてた?」
図星といったところなのだろう。サイタマの表情が固まった。
「いや、別にジェノス氏なら気にしないとは思うけど」
サイタマの手作りなら、どんなものだって喜ぶだろう。キングはそう思ったのだが、隣でボウルを手にしたままのサイタマは長考したまま動かない。
「あ、えっと……CD買った時のだけど、この袋でよかったら使う?」
何かに使うかもしれないと、とっておいた小さな紙袋を差し出す。
アルミホイルでトリュフを包み、その薄桃色の小さなギフトバッグに入れてみる。
「少しはマシかな」
「だな。何時もありがとな、キング」
見上げて笑いかけるサイタマに、キングは苦笑で返す。
こんなギフトバッグでは返しきれない恩があるのに。サイタマはそれを全く覚えていない。
アルミに包み込めなかったトリュフを1つ摘まんで、口に入れる。食べなれたチョコレートの甘さが、生クリームとココアで巧く中和され、まろやかになっていた。
「お裾分けも貰ったし、こっちこそ有難うだよ」
「でも、お前バレンタインチョコ山ほど来るだろ?」
人類最強の男。世間ではそう呼ばれるキング。S級ヒーローとしての人気は高い。
「ああ、うん。でも、サイタマ氏のが一番美味しいよ」
「んなわけあるか」
はは、と笑って窓へと向かう。
「じゃーな」
高層マンションだというのに、サイタマはひらりと手すりを飛び越える。
きっと、下を覗いたところでもう姿は見えないだろう。
残されたトリュフをもう一つ口に入れる。
「ホントなのになぁ」
指に付いたココアを舐める。それは甘いチョコレートと違ってほろ苦かった。