別世界の扉 ワンパンマン

□正義の女神
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「俺は趣味」

「はぁ!?」
「趣味でヒーロー活動してる。プロ試験に応募したのは……えっと、勢いと成り行き?」

 心底呆れた顔で、タツマキはサイタマの漫画を指先一つ使わずに取り上げる。

「あ。何すんだよ。今、いい所なのにー」
 文句を言いつつも取り返そうとはしない。ココアを一口含むと幸せそうに小さく口の端をあげた。

「で?」
「で、って何よ」
「だから、何でヒーローになったんだ?」

 少しだけ答えを模索してみた。フブキの事しか出てこなかった。

「特に理由は無いわね」
「え……そうなの? だってお前、詰まらない集会にきちんと来てるし、的確に怪人倒してるだろ? 何か志し? みたいなものがあんのかと思った」

 はあ? これはすぐに出た。
 この男は他人の何を見ているのだろう。
 言われて見れば、確かに依頼がなければ自ら出向いて怪人を探して処理していた。街に大きな被害がでない様に瞬時に片付けるのが当然だと思っていた。

「当然――だからよ」
「へぇ。凄いな、お前」
 凄い。そう言われた途端、何とも形容しがたい感情が湧いた。

「と、当然よ! 私はS級2位なんだから」
 手にしたミルクティーをぐっと口に含む。少し温くなったそれは、何故か先程よりも甘く感じた。

 
「なあ、正義の女神って知ってるか?」


 タツマキの応えを待っているのか、じっと見上げるサイタマの視線から逃れるように顔を背けた。

「何よ、それ」
「忘れたけど、どっかの神話。正義の神様ってのは女なんだと。裁判所とかに正義のシンボルとして女神像とかあるらしいぞ」
 俺も、キングから聞いた話なんだけどさ。そう笑って続けた。
 それが何なのか。理解できないと首を傾げるタツマキに、サイタマは不躾にも人差し指を向ける。


「何か、お前の事みたいだな」


 え?

 一瞬、何を言われたのか全く理解できなかった。

 反芻する言葉を脳が拒否する。

「おい、ミルクティー床に零れてるぞ」
「えっ!?」
 慌ててテーブルにあった紙ナプキンを床に流れた液体の上に積み上げる。

「ちょ、それ多すぎじゃね?」
 あーあ、とサイタマが拾い集めていると、館内放送がかかる。

『タツマキ様、タツマキ様。会議室までお越し下さい』

「迷子放送かかってんぞ」
「誰が迷子よ! アンタ、そこ拭いて置きなさい!」
 そう言って、紙コップを握り締めたまま、タツマキはもと来た廊下を高速で飛んでいく。背後で「えぇー!?」という不満の声を受けながら。

 
 何食わぬ顔で会議室に戻ると、クロビカリが「どうした?」と訊いてきた。

「何がよ」
「あ、いや。気分を害したならゴメンな、タツマキちゃん。何だか顔が赤い気がしたから……」
「え……そ、そ、そんなわけないでしょ! 何よ、私の顔が赤かったら文句でもあるって言うの!?」
「な、ないない!」

 弱腰のクロビカリに黒飴だ、チョコボールだの甘いものばかりの罵詈雑言を浴びせるタツマキに、空気を読むことを知らないジェノスがぼそりと苦情を呟く。バングが擁護して、何時ものように落ち着く。
 その一連の流れを見て、シッチが口を開いた。
「先日のヒーロー狩の件ですが……」


「……」
 あの日、タツマキはガロウがどうなったかを見届けては居なかった。
 後々聞いた話を鵜呑みには出来なかったが、今なら信じられる気がする。
(アイツが……) 

 脳裏にゆで卵が過ぎったが、不思議とイライラしなかった。



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