別世界の扉 ワンパンマン
□正義の女神
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会議室と同じフロアにある喫茶コーナー。タツマキはそこを目指していた。
このフロアは機密の問題から、ある一定階級しか上がっては来られない上階にある。故に、その奥まった一角にある喫茶コーナーは無人であることが多く、何よりも品揃えがいいので気に入っている。
ヒーロー狩の一件も頭に来てはいた。だが、それよりもタツマキの脳裏から消えない顔がある。
まだ傷が完全に治ってはいなかったとはいえ、自分と対等に渡り合ったあの男の顔が矢鱈にちらつく。それがまた腹の立つことに喜怒哀楽が薄く、緊張感もない、何を考えているのか分からないような顔で脳裏を過ぎるから、一層腹が立つ。
「あんなのがフブキの身近にいるなんて……」
あいつを潰さないと、フブキの周りを一掃できない。今度顔を合わせたら、あの剥き立てのゆで卵みたいな頭をかち割って――
「あ」
「え?」
角を曲がってすぐの自販機の前に、その剥き立てのゆで卵がいた。
「ちょ、ハゲ! な、なんで、アンタがここにいるのよ!! B級の癖に!!」
「いや、一応A級に昇格したから……というか、お前、いつも出会い頭に喧嘩売ってくんのな」
眉間に皺を寄せて、自販機からカップを取り出す。
「ここはS級……VIPクラスしか上がって来られないフロアよ!」
「あー、だから人少ねぇんだ。何か、今日S級集会だったんだろ? ジェノスに付いて来てくれって言われて来たんだけどさ、キングもいないみたいだし詰まんねぇからここで時間潰してんの。漫画もおいてあるし――」
今、一番見たくない顔だった。
タツマキのイライラが今にも頂点に達しようとした時、目の前に、すっと差し出されたものに視界が遮られる。
「?」
差し出された紙コップからは温かな湯気が立ち上っている。
「ミルクティー……嫌いだった?」
みるみる八の字に下がる眉。差し出した手が戻る前に、それを受け取った。忌々しい相手の差し出したものを何故受け取ったのか、タツマキ自身にも良く分からなかった。
(ミルクティーが好きだっただけよ……)
礼も言わずに口に含む。甘くて温かいものが口の中に広がると、イライラも掻き消えた。
それを見届けて、ゆで卵――サイタマは、再び自販機に向う。
「それ、間違えて押しちゃって。飲んでくれて助かった」
そう言いながら自分はミルクココアを押す。甘いのが駄目だという訳ではないらしい。カップを手に、先ほどまで座っていたらしいソファまで戻ると、漫画を手にして黙々と読み始めた。
また無視?
そう口にだそうとしたタツマキに気付いたのか、「何?」と先手を打たれる。
「何って何よ」
「いや、何か言いたそうにこっち見てるから」
ずずっとココアをすすって、またページを捲る。
「べっつに! アンタに話したい事なんか何もないわよっ!」
「ふーん……あ、そう言えば、あれからフブキ組に干渉はしてないみたいだけど、お前忙しいの?」
忙しいと妹に構わないとでも思っているのだろうか。
タツマキにとってフブキは唯一無二の存在であるというのに。
「はぁ!? そんな訳ないじゃない。ここ最近雑魚ばっか、暇で暇でしょうがないわよ!」
サイタマは斜め上に視線を上げた。テレビで中継していたタツマキの怪人討伐は殆どが鬼レベルだった筈だ。中には複数体のものもあった。それを「雑魚」と呼べるのは、タツマキだからだろう。
「お前さぁ、何でヒーローやってんの?」
「え……」
何でって何よ。何でアンタにそんなこと言わなくちゃいけないの!?
そう言ったつもりだった。
だが、何時まで経ってもその言葉は喉の奥から出てこない。
タツマキは幼い頃からこの力のせいで迫害されてきた。
フブキと離され、たった一人研究施設に試験体として連れて行かれた。実験動物のような3年間を過ごし、フブキに会いたい、帰りたいと言えば独房に閉じ込められた。
ある日、実験体である凶暴な合成獣が施設内から脱走し、研究員達は一目散に逃げた。幼いタツマキを独房に閉じ込めたまま。
助けてと叫んだ所で、誰も来てはくれなかった。人の味を覚えた合成獣が餌を求めてやってくる足音を聞きながら、タツマキは悟った。
誰も私を助けてはくれない。
誰にも期待してはいけない。
頼れるのは自分の力だけ。
その日、タツマキは二度目の産声を上げた。
誰もが戦慄する程の力を解放して。
自分とフブキを迫害した世間に、復讐したって良かった。
ヒーローになんてなりたかった訳ではない筈なのに。
「何で……」
「何でって……いや、俺が聞きたいわ」
そもそも、何故この男はそんなことを聞きたがるのか。タツマキは「じゃあ、アンタは何でよ」と聞き返す。