別世界の扉 ワンパンマン
□憧憬
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それは2年生の教室の前の廊下だった。それなのに教室にいた先輩達は見て見ぬ振りを決め込んでいたのが無免には分かった。
誰も関りたくなかったのだ。
「校舎裏までついて来い」
「言うこと聞かねぇとテメーの学ランの繊維がはじけ飛ぶぜ」
そう言われて、隣のクラスの「彼」は半ば強制的に連れて行かれた。
無免はそれをただ見ていた。
他の奴らと一緒に。
誰かのために痛い思いをするのはもう御免だ。そう、思ったのに――
無免は三人の後をそっと着いて行った。
校舎裏まで連れて行かれると、不良達は「財布は持ってるか?」と御馴染みの言葉を吐いた。
きっと彼も不良に屈してお金を渡すんだ。
それが出来なければ殴られて泣き寝入り。
その前に命乞いのような弁解をして――
そんな事を思いながら耳をそばだてていた無免に聞こえてきたのは、感情の乏しい声だった。
「偉そうにすんな。持ってねーよハゲ」
「な、何?」
不良達と無免から、全く同じ言葉が出た。
「”性質の悪い先輩”ごときが、”駄目人間”の称号を持つ俺相手に頭が高ぇんだよ」
更に続いた啖呵に、無免は彼が武術か何かの有段者なのかと思った。
それならば合点がいく。一般人に喧嘩は無理だが、武術を嗜む者ならばあるいは――
そう思ったのも束の間。彼は逆上した不良達にボコボコにされた挙句、なけなしの200円まで奪われて地に伏していた。
「何だこいつ。威勢だけじゃんか」
「こりゃ確かに駄目人間だぜ」
笑い声が校舎に響く。
無免はぎゅっと拳を握り締めた。
やっぱり駄目だった。圧倒的な暴力の前には抗えないんだ。
殴られた訳でもないのに痛かった。涙で目の前が歪んだその時、その前を何かが猛スピードで横切ったかと思うと、不良の叫び声が聞こえた。
「かッ、怪人だぁあ!!」
「ニュースの……」
そっと覗き込んでみれば、不良が豚の貯金箱に似た怪人に襲われている。
「小銭! 小銭入れさせろ!」
流石の不良も怪人には勝てない。奪ったばかりの200円を怪人の体に入れた。
「ブヒュヒュ」
小銭を奪った怪人は奇妙な声を上げて、無免の前を走り去っていった。
「弟達の給食費がぁぁぁッッ」
不良の悲痛な叫び声が聞こえたが、そんなことはどうでも良かった。
暴力の上に更なる暴力。こんな世の中で、どうやって生きていけばいいんだろう。
弱者は我慢を強いられ、踏みにじられていくだけなのか?
唖然としていた無免の耳に聞こえた「えっ1年!?」という声と同時に、前を誰かが走っていく。
あの日の自分と同じくボロボロにされた制服。傷だらけの顔。見えない部分も痣だらけで、酷く痛んでいるはずなのに。
彼はわき目も振らずに怪人を追っていった。
自分より強い不良よりも、更に強い怪人に敵うはずもないのに。
「何で……」
弱者はただ我慢し続けていなくてはならないのに。
他人なんて何時でも日和るのに。
負ければ誰にも評価されないのに、どうして立ち向かえるんだ。
「くそ……ッ」
無免にはもう答えが出ていた。
誰にお礼を言われるでも、評価されるわけでもなく、人知れず怪人に立ち向かい、世界を救う。
それがヒーローって奴じゃなかっただろうか。
目の前の暗闇がすっと晴れた。
無免はもう見えなくなった彼の後を追った。