別世界の扉 ワンパンマン

□だから嘘じゃないんだってば
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 明日から4月か。
 一通りの家事を終え、日記を付けながらジェノスはふと顔を上げた。その視線の先にはカレンダーがある。

 ヒーロー業というのは、所謂自由業なので曜日の感覚が曖昧になってくるものだと、ジェノスは思っていた。実際1人で正義活動をしていた時などは、曜日どころか日付、時間の感覚さえなかった。しかし、ここに来てからは違う。
 決まった時間に起床、就寝。きっちりと三食を摂り、何曜日は何時から何処で何が安いだの、毎月5の付く日は五の市だのと、スーパーのセールで1日のスケジュールを組み立てる師がいる。

 最初はそれに戸惑ったものだったが、今ではヒーロー業に勤しむ師――サイタマが、セールを忘れそうになるのをフォローするまでになった。我ながら変わったものだと思い、ふ、と口元に笑みが浮かぶ。

「何、笑ってんだ?」

 風呂場から戻ってきたサイタマが、戸口できょとんとしている。

「いえ、明日から4月だな、と思って……」
 そう言いながら再度見やったカレンダーの1と印字された下に、小さな文字を見つける。
「明日は4月1日か……」
「エイプリルフールですね」

 あまりイベントごとに興味がないと思いきや、気が付けば子どものようにイベントに興じるサイタマの事だ。きっとエイプリルフールも何かしら可愛らしい嘘を吐いて来るのだろう。そうジェノスは思っていたのだが。

「違う」
 すたすたとジェノスの前を横切り、テレビ台の下から1枚のチラシを引っ張り出すとそれを広げた。

「明日はむなげやで馬鹿値市だ!」

 馬鹿値市。非常に安価な商品が大量放出される、店側にとっては出血大サービスなセールだ。4月馬鹿と馬鹿値市を掛けたのだろうか。毎年むなげやでは4月1日に行われるのだという。

「いいか、ジェノス。この日の主婦は災害レベル鬼の怪人と思え」
「主婦が……!?」
「そうだ。今は春休み中だから子連れで来ている」
「子どもを!? それはつまり……」
「ああ。お1人様1点商品の獲得倍率が恐ろしいことになる」

 お1人様1点は、沢山の客に行き渡るようにという店側の配慮ではあるが、休日の場合は何時もなら1人の主婦も、子連れ、もしくは家族総出で来店し、あまつさえ倍量を確保しておき、込み合う店内を逆手に取り、子どもをもう一度違うレジに並ばせるという卑怯な手を使って根こそぎ奪っていくのだ。

「明日のむなげやは戦場だぞ。覚悟して置け」
「はい!」

 サイタマは何時に無く真剣な顔で指をさす。その先にあったのは、チラシの中でも大きめに表示されていた、選り取り3パックで196円の鶏肉。

「コレだけは最低2セット確保する。これはお1人様1つじゃないから、本気でいかないとマジで無理。その代わり、これが確保できた暁には……」
「明日の夕飯は唐揚……ですね」
「次の日は水炊きだ」

 2人は視線で通じ合うと、どちらとも無くこくりと頷いた。
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