別世界の扉 ワンパンマン
□high and low
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「おはようございます先生! どうぞ!!」
目が覚めたと同時に目の前に翳されたそれを見て、サイタマの寝起きの頭は一気にフル稼働した。
「ちょ、これ……」
「先日テレビを見ていて、先生が食べたいとおっしゃっていたチョコレートです」
言ったけど!!
確かに言ったけど!!
そう声に出したつもりが、余りの驚愕に喉から言葉が転がり出ない。
何気なく見ていた番組で、バレンタイン商戦を取り上げていた際に高級チョコレートが紹介されたのだ。一粒でサイタマ家の三日分の食費が消えそうな値段の上、100個限定で作られたという、スワロフスキーデコレーションが煌くハートケースに入ったプレミアムなそれは、今、目の前に差し出されている。
明らかに場違いだ。本来ならば、こんなよれよれのパジャマ姿で煎餅布団に足突っ込んだ状態の、未だヨダレ跡が付いた男が貰っていい代物ではない。
(……これ、一粒がすっげぇ値段してなかったっけ……やべぇ。俺、何にも用意してないっていうか、こんなのにお返しできる財力がねぇ)
心中穏やかでないサイタマの顔色を伺って、ジェノスが眉間に皺を寄せる。
「先生。先ほどから心拍数が上がっています。何だか顔色も悪いような」
ぺたりと額に手を当て、体温を測る。
「熱はないようですが。大事をとって今日は一日安静にされては」
「いや、ホントなんでもないから! こ、これ……」
幾らしたのとは訊けず、「冷蔵庫に入れとくから」と冷蔵庫に放り込み、何か言われる前にトイレに篭る。
何時もの朝のように歯磨きに洗顔――とはいかず、そのままフタをした便器の上に座り込んだ。
「えー……マジかよー……。ただ食べてみたいよなって言っただけなのに……」
これってマジな奴だろ?
絶対お返ししないとまずいよな?
幾ら俺が鈍いとはいえ、流石に罪悪感がある。
だからって、どうしたらいいんだよ。
そんな心の声が10度ほどループして、ふと思い出した。
あの日見た番組の続きには、高級チョコに対抗できる唯一の方法があった。
世界で一つだけの「手作りチョコ」。
これだ。
漸く解決策を思いつき身支度を整えてトイレを出ると、朝食の準備が整っていた。
「先生……先ほどから何やら呟いておられましたが、やはり具合が?」
「い、いや、そうじゃないから! あ、今日の朝飯当番俺だったのに、悪い」
「いえ。今日くらいはゆっくりして下さい」
今日くらい?
特別な日扱いされてる?
テーブルの前に座ったそこが、一瞬にして針の筵状態になる。
早いところどうにかしないと! そう思いながらサイタマは食事に向って手を合わせた。