♀ツナ
□初戀
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今は昔の物語。
江戸幕府の開闢以来あちらこちらに堀が作られた。
物資の輸送のためではあるがその勢いは凄まじく目まぐるしいくらいであったという。
ツナの暮らす八丁堀もその一つだ。
元は寺社地であったというが今は与力、同心の組屋敷が建てられている。
北町奉行に勤める雲雀の屋敷もこの中の1つである。
吟味方与力、雲雀恭弥に嫁いで3年。
ツナは夫である雲雀との生活に息づまるものを感じ疲れていた。
(帰りたい・・)
大根を洗う手を止めてふと息をつくと傍で包丁を扱うハルが、どうかしましたか?と声をかけてきた。
フルフルと何でもないよと束子をぎゅっと掴むと、またコシコシと大根を洗い始めた。
ツナと雲雀の間に子はいない。
この3年の間に2度、身ごもったが流れてしまった。
それをツナは自分達の間に子が生まれるのを神仏がよしとしないのであろうと思っていた。
心が通じ合わない自分達に子は必要ないと思われているのであろうと。
雲雀の家の為にも一人は子をなさねばならぬ。
雲雀の親戚筋に何度か言われ、その度に落ち込むツナは隠れて涙を落とすのであった。
ここしばらく、そういった肌の触れ合いもないことから雲雀には好きな女が出来たのかもしれない。
(自分のような何をやってもダメな女ではなく)
「奥様、ツナ様、旦那様がお戻りのようでございますよ」
「えっ」
ハルの呼びかけに慌てて手拭いで手を拭き後はお願いと頼むとツナはパタパタと茶の間に向かった。
「・・・」
「お、おかえりなさいませ」
無言でツナを一睨みした後、夕飯には茶漬けをその後出かけると言い置いてさっさと着かえに向かう。
夫の背を寂しそうに見つめツナはため息をついた。
わが夫ながら雲雀は常に厳しい顔をして笑顔ひとつ浮かべることはない。
時々その冷たい視線に胸が冷えてしまうことがある。
ツナはどうしてこうなってしまったのかと白く小さい手をギュッと握りしめた。