小説

□第一章
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記憶に残っているのはあの方の優しい笑顔。
決して忘れることのないあの方が生きていた日々。
しかしもう彼は居ない。それが現実だった。それでも、彼が生きているような感じがして、誰にも見付からないよう何度も彼の……創造神の部屋を訪ねた。

『……もう、あの方は居ないのだ……。わかりきっている事ではないか……』

扉を開く度に創造神が死んだという事実を打ち付けられ、その度涙が渇れるのではないかと思うほど泣いた。泣いた所で創造神が甦る訳でもない。それでも悲しくて悲しくて泣いた。
泣いていっそうこの苦しみを涙とともに流して欲しいと何度願っただろうか。
あぁ……。せめてこの悲しいという感情を無くしてほしい。

泣き疲れ朦朧とした意識の中で誰かが自分の名を呼んだ気がした……。





何度呼び掛けても瑠祇からの返事はやはりない。
いよいよ心配になり、少し大きな声で名前を呼んでみるが反応は一向になかった。

「物音もしない。大丈夫なのか?…───やはり心配だ。もしや……いや、瑠祇に限ってそれは…」

悪い方へと考えれば考える程余計に心配になり、ソルは焦り出す。

「仕方ない…。瑠祇、聞こえているなら扉から離れろ!」

やはり部屋の中から返事はなかった。しかし、ソルは構わず扉から少し離れ持久をつけてから扉を意図も簡単に蹴り破ってしまった。

扉を蹴り破ったにも関わらず持っていた料理とコップから料理や水が溢れていないのは奇跡だろう。

「瑠祇、居るか?」

蹴り破った扉を避け、部屋に入れば部屋のカーテンは閉めきってあり薄暗かった。しかしソルは気にもせずに奥へと歩みを進めると足元に何かが当たった感触がして料理とコップを近くにあったテーブルに置いてから“それ”を拾い上げた。

「何だこれは……。花瓶?」

薄暗い中、目を凝らして見てみると、それは壊れた花瓶であった。
常に瑠祇の部屋には美しい花が花瓶に生けてあったが今はその面影も無かった。
更に部屋の中を凝らして見てみれば床には花瓶に生けてあっただろう花が無惨にも散らばり、更には本などあらゆるものが床に散乱している。

「相当暴れたな……」

半場呆れながら、この部屋の主を探せばその者はベッドの上に横たわっていた。

「瑠祇。今日が何の日か分かっているのか?」

こんな近くで名を呼んでも瑠祇は反応を示さない。
それどころかピクリとも動かない瑠祇を不審に思い、ソルは更に瑠祇に近づいてみる。

「瑠祇…?」

瑠祇をよく見れば相当泣いたのか、目元は赤く腫れ、目尻からは涙が溢れていた。男なのにだらしないと思いつつも瑠祇らしいと苦笑いする。

「まったくしょうがない奴だ。瑠祇起きろ食事を持ってきたぞ」

眠っている瑠祇を軽く揺すってみるが、目を覚ます気配はない。
それほどまでに泣き疲れたのだろうか。しかし、警戒心が強い瑠祇がここまで熟睡するなど珍しい。

「瑠祇?」

今度はペシペシと頬を叩いてみたが、やはり起きない。

「おい、大丈夫か?」

「…ん……ソル…か…?」

目尻を擦りながら上半身をソルに向ける。

「ソルか?じゃない!随分とお眠りだったようだな瑠祇。そんなにも会議がお嫌いか?」

皮肉一杯に言えば瑠祇はしまったとでも言いたげな表情でソルをチラリと見る。
明らかに怒っているソルを見て顔を青くする。
しかし、意外にもソルから怒られることはなかった。

「我を…怒らないのか?」

恐る恐る問うてみるとソルは先程テーブルに置いていた料理を無言で瑠祇に差し出した。いきなり目の前に料理を差し出され戸惑う瑠祇だったが、肉が沢山使われた料理である事からすぐに自分への料理だとわかった。

「烈妃がお前の為に持って行けと……。少し冷めてしまったが烈妃が作った料理だから旨いはずだ」

「そうか……」

しかし、料理を目の前に差し出しても瑠祇は一向に料理に手をつようとしない。
それどころか何処か上の空である。

「何だ瑠祇。食欲がないのか?」

「…あぁ、すまぬ……。少し顔を洗って来る」

確かにその泣き腫らした顔は何とかした方が良いと思っていたソルは特に反対する事はなかった。
瑠祇は寝ていたベッドから足を床に降ろし、立ち上がろうとした時だ、瑠祇は自分の意識が遠くなるのを感じた。


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