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□ただ貴方が笑っているだけで
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ただ、貴方が笑っているだけで。
心の底から温かい気持ちが湧き上がるのは何故だろう。
きっと、笑顔には未知なる力が宿っているから──…


◆◇◆


身を切り裂くような冷たい空気は次第に和らぎ、代わりに南からの温かい風が春を運んでくる。
厳しい寒さを乗り越えた生命達は温かくなるにつれて力強く芽吹き始め、枯れ木からは瑞々しい若葉が生まれていた。

降り注ぐ日差しは穏やか、風も柔らかで心地良ささえ感じる程。
特に用事が無くとも何となく外へ出て散歩をしたくなるような、そんな爽やかな陽気であった。

此処は竜の住処と呼ばれる場所、ハルトグース。
切り立った崖の上に存在する為翼を持つ者しか辿り着く事は出来ず、また外界とは一切の関わりを絶っている為に謎に包まれている都市でもある。

そんな街の一角にて、こんなにも穏やかな天気だというのに屋敷に引き籠っている人物が1人。
元々あまり外交的な性格でないというのもあるが、その上病を患っている為にあまり外に出歩く事が出来ず、こうして室内で療養しているのだ。
その人物こそ、ハルトグース東地区の最高権力者、朔夜その人である。

特に外の陽気にも興味が無く、冷たく鋭い双眸は虚空を見つめるばかり。
彼の閉ざされた、絶望しきった心にはまるで響かないのだろう。

体調が優れないせいもあってか表情は険しく、廊下を歩く足取りも重い。
そんな朔夜の耳に、外から賑やかな声が聞こえてきた。

「ん…? この声は塞か…?」

まだあどけない少女の声。確かにその声には聞き覚えがあった。
朔夜はポツリとそう呟いてから、何となく外の様子が気になったらしく重い足取りで声が聞こえてくる方角──中庭へと向かう。

「あ…朔夜さま! 身体の方は大丈夫なんですか?」

「ああ…多少なら外に出ても大丈夫だろう。…ところで塞、こんな所で何をやっているのだ?」

中庭へやってきた朔夜の視界に映り込むのは、まだあどけなく無邪気な表情が可愛らしい少女の姿。
それもその筈、彼女はまだ生まれてさほど年月を重ねていない、若い桜の木の神なのである。

少女──塞の神は朔夜の姿を見つけるなりパッと表情を明らめ、目をキラキラさせながら満面の笑みを浮かべてみせる。
それ程までに、朔夜に会えた事が嬉しいのだろう。
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