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□蒼穹色の瞳
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蒼穹色の瞳
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空を見上げるのは好きだ。何故なら、空こそ創世の時より変わらぬものだから。時が経つにつれ、全てが移ろいゆくが、空だけは変わらない。澄み渡る青も、血を溢したような紅も、銀の星々が瞬く漆黒も、遥か昔より何一つ変わらない。
もう思い出すのすら煩わしくなった遠い昔より。

腰を下ろし、空を仰ぐのは美しい青年だ。浮世離れした、という表現が何より当てはまるだろう。太股くらいまである艶やかな髪は頭の中間まで白であり、毛先に近づくにつれて僅かな青という不思議な色。

長い白の睫毛に縁取られた瞳は黄緑で、光の加減によって色を変えるそれは、様々な姿を見せる空のようだ。
両腕が剥き出しになり、紫の花が描かれた白の装束を纏った彼は人間ではない。

こめかみ部分から灰色の角が生えているからだ。それは紛れもない竜族の証。
青年――玉泉は思う。果てしなく続く青空はまるで、弟子である彼の瞳のようだ。
素直ではないし、ひねくれ者ではあるが、好ましいと思う。そう、こんなところも。

「また馬鹿みたいに空を眺めてるんですか?」

やや呆れたような声が玉泉の背後から掛けられる。まだ若い、少年の声だ。玉泉にとっては聞き慣れたものであり、振り向かなくても彼が誰であるかなど分かりきっていた。

「お前はもう少し師匠に敬意を払った方がいいある」

不機嫌そうに唇を尖らせても少年は全く意に介さない。ちらり、と振り向いた先、仁王立ちで立つ少年の姿がある。
外見は玉泉より四、五歳ほど下だろうか。

目の覚めるような赤毛に、呆れたように玉泉を見下げる瞳は今まで見上げていた空と同じ、透き通るような青。
首元に白いマフラーを巻く彼も人ではない。玉泉とは違うが、彼にもまた赤い角が生えていた。

「敬意は払ってますよ」

「本当あるか!?」

弟子――緋影の思わぬ答えに、玉泉は驚きと嬉しさを隠しきれない。表情こそ普段と変わらぬ憮然としたものであるが、緋影が素直に自分を褒めることなどないのだから。
思わず立ち上がって、自分より十センチほど低い緋影を抱きしめた。

「緋影〜! 師匠は嬉しいあるよ!」

「ちょっ、暑苦しい! 何してるんですか!? このバカ師匠! 早く離れて下さいよ!!」

満面の笑みを浮かべて弟子の頭を撫でる玉泉に対し、緋影は心底嫌そうな顔で引き剥がしに掛かる。が、力で彼に敵うはずがない。
しかも緋影の罵詈雑言も聞こえていないようだ。こうなったら誰も止められない。弟子を溺愛している玉泉は、緋影を我が子のように思っているとか。

「だからいつも照れなくても良いと言っているある」

「だから、照れてる訳じゃないですから!? いい加減、理解して下さいよ!! 爺に抱きつかれて嬉しい訳ないじゃないですか!」

にこにこと黄緑の瞳を細め、緋影の髪をすく玉泉は嫌がる弟子など何のその。呆れるくらいマイペースで、いつも緋影を振り回すのだ。

「やっぱり緋影はいつもクーアイあるね」

「……もうどうとでも言って下さい」

いつも先に折れるのは緋影である。流石は年の功と言うことか。がっくりと項垂れ、されるがままの緋影を見て、玉泉はそっと微笑んだ。
彼の瞳は澄み渡る空と同じ。一目見た時から彼が気に入った。
緋影の瞳に“空”を見たから。曇りのないこの瞳が、玉泉は何より好きなのだ。


End

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