捧げもの

□過去への償い
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 目の前で血飛沫が舞う。それは自分の血なのか──。
 いや、違う……。たった一人の自分の大切な妹の血だ。そう。自分がこの手で殺めたのだ……。

 原因は巨大過ぎる力の暴走。制御できない力は妹を護るためではなく、結果的に己の手で殺めてしまう結果となった……。
 神とは不公平だ。ただ普通に生活したいと云う願いをも聞いてはくれないのだから。
 
 目の前で横たわる妹の屍を抱き寄せ、時夜は笑った。何が可笑しいのか自分でも分からない。ただ時夜の瞳には光は無い。両親を殺され、挙げ句の果てに妹を己で殺めてしまった罪悪感に時夜の心は完全に壊れてしまっていた。

「この世界を壊してやる……。俺の大切な家族を奪った奴等は皆──殺す」

 心は闇に支配され、己の意思は深い深淵へと沈む。心を封じて仕舞えば、人を殺しても何も感じない。痛みも感じない……。
 時夜は自分自身に誓う。己の持つ全ての力を持って、全てを奪った奴等に復讐してやると……。






 そこで時夜は目を冷ます。嫌な夢を見たものだ……。先程の夢のせいか、身体が重い。やっとの思いで身体をベットから起こし、異変に気付く。

「此処は……?」

「やあ、時夜。気が付いたんだね?」

 扉の前に眼鏡を掛けた青年が居た。──ルイだ。彼は珈琲コップを二つ持っており、その内の一つを時夜に差し出す。

「……すまない」

「ねえ、時夜。何故君が僕の部屋のベットに居るかわかるかい?」

 その問に時夜は頭を横に振る。そうすれば、ルイはわざとらしく大きな溜め息を吐く。

「時夜、君はね……、疲労で倒れていたんだよ。運良く僕が君を発見したから良かったものの……」

「助けてくれとは頼んでいない。俺など放って置けばよかったんだ……」

「時夜!君はまたそんな事を!言われたんじゃなかったのか?“誰かの為に死ぬな、自分の為に生きろ”と、飛水の両親に!」

「それ以前に俺はあの方たちと約束した。“飛水が間違った道に進みそうになったら叱ってくれ、飛水が誰かを護ろうと戦うなら飛水のことを支えてくれ、俺たちは成長する飛水の姿が見れないから代わりに見守ってほしい”と……。分かるか?あの方たちは俺のせいで死んだんだ……。ならその償いはしなくてはならない……」

 乾いた音が居室内に響く。時夜は一瞬何が起こったか分からず茫然としていたが、やがて左頬に痛みを感じ、自分がルイに叩かれたのだと知る。
 一方、叩いた本人であるルイは、悲しい顔をしていた。

「ごめん。痛かったね……。でも、忘れないでほしい。君が死ねば悲しむ者たちがいることを……」

「馬鹿なことを……。俺独りが死んだところで、いったい誰が悲しむと云うんだ?」

 自嘲気味に笑う時夜の表情が痛々しい。時夜自身も分かってはいるのだ。『見守る』と『護る』は違うと云うことぐらい。だが、彼自信見守ることではなく、飛水を護る事で飛水や飛水の両親に償うつもりなのだ。

「時夜。君が死んだら少なくとも僕は…──悲しい……」

「……」

 ルイの言葉が時夜の心に届いたかはわからない。しかし、時夜が飛水を護り続けるのならば、ルイは時夜を護るのだろう……。


fin

 

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