捧げもの

□新たなる旅路
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瞳を開ければ見えるのはただの壁。もう何ヵ月も里には戻っていない。最後に里を出たのはいつだっただろうか……。思い出すのも煩わしくなる。そもそも思い出したところで外の里の景色がいっそう懐かしくなるだけだ。己の身はこの牢に一生囚われ続けるだろうに可笑しなことだ。また、里に戻りたいと思ってしまうなど……。

当たり前の日常が彼──紅にはなかった。それもそのはず。彼は囚われの身だからだ。その証拠に彼の手足は戒めである鎖で繋がれている。最初のうちは鎖を外そうと抵抗もした。だが無駄だった。逃げようと抵抗する度に人間からの拷問を受け、その代償に右目を失った。

「……」

そっと右目に触れる。本来あるはずのものがないとは滑稽だ……。
右目があった場所はまだ痛む。その度に、ここに右目があったことを実感する。

「俺は何をしているんだ……。こんな…人間の良いようにされて……」

自分自身に苛立ちを覚える。鬼である自分が何故こうも人間に囚われ、奴隷のように扱われ続ければならないんだ。
答えは明白。紅から鬼が住む里を聞き出すためだ。人間は多くの鬼を捕まえ奴隷にするつもりだ。鬼は人間の力を遥かに超す力を保持している。故に人間たちはその力を欲したのだろう。
だが、紅は鬼の里の場所を人間に教えはしなかった。どんなに酷い拷問を受けようとも決して仲間を売るような行為を紅は出来なかった。

「仲間が痛い思いをするなら、俺独りが痛い思いをすれば良い……」

ぽつりと呟いた言葉は灰色の壁に吸い込まれた。
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