捧げもの

□春が見せた思い出
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心地よい春風が頬を撫でる。長かった冬も終わりを告げ、野原には春を待ちかねていたかのように土筆や野の花が一斉に芽を出し始めた。そんな野原に一人の少女がいた。黒い艶のある髪は短く、片目は包帯で隠されていた。その少女の名は─壱。鬼の血と人間の血を半分ずつ継ぐいわゆる半妖だ。そのため人間から多くの迫害を受けてきた。
幼い少女にそれは耐え難いものだったのだろう。完全に心を閉ざしてしまった壱には孤独しかなかった。しかしある出会いが壱を孤独から救ったのだ。

『お主、独りなのか?』

独りで鞠遊びをしていた壱に声を掛けてきたのは陽に照らされキラキラと光る金髪の髪をした少年だった。

『独りで鞠遊びなぞ面白くもなんともないじゃろ?』

その問いに壱は頷く。その表情は無表情ではあったが、どこか雰囲気が寂しそうであった。それを感じ取ったのか、少年はニコッと優しく微笑むと壱が持っている鞠をひょいっと取り上げた。まさかの少年の行動に壱は鞠を奪われたと勘違いし焦り出す。

『大丈夫じゃ。取ったりはせん。じゃが、返して欲しければボクと鞠蹴りをせんか?』

『!』

先程まで無表情だった壱は、まさかの遊びの誘いに驚いた。今まで自分は迫害を受けながら生きてきた。そんな自分に対等に接してくれる者などいなかった。だが今目の前にいる少年は違った。
はじめてだった。一緒に遊ぼうと言ってくれたのは。本当に嬉しかった。だがその感情を表情に表すことは出来なかった。それほど彼女の心は傷付いて来たのだ。そんな様子の壱を見た少年は優しく声を掛ける。

『お主も半妖なんじゃろ?妖気でわかった。──ボクも半妖じゃ。だから何も怖がらなくて良いぞ』

少年も自分と同じ半妖だった。半妖ならば自分と同じく迫害を受けてきたに違いない。なのにこの少年は今を前向きに生きている。
壱は知らず知らずの内にこの少年に惹かれていった。自分にはない“何か”を持っている気がしたからだ。

『そうじゃ、お主の名は何と言うんじゃ?ボクは十六夜じゃ』

名を訊かれた壱は花が咲いていない砂地に指で名を書いた。地面には己の名である“壱”という字。

『ほぅ、壱と云うのか!ならば壱。早速鞠蹴りをするかの』

また優しく微笑む十六夜。壱はこの時、はじめて心が安らいだ気がした。そして、この人なら自分を大切にしてくれるとそう思った。何故だかわからないが心がそう言っている気がした。
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