捧げもの
□春が見せた思い出
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「…────」
遠くで誰かが自分を呼んでいる気がした。うっすらと瞳を開けば目の前には少し呆れ顔をしている十六夜がいた。
「壱。こんなところで寝ておると風邪をひくぞ?」
辺りを見回せば辺りは夢で見たような野原だった。その野原で自分は無防備にも寝てしまっていたことに気付く。あまりにも春の日差しが気持ち良かったのだろう。
しかし夢で昔のことを思い出すとは何だか懐かしいような少し恥ずかしい気もした。だがそれほどまでに十六夜との出会いは彼女にとって運命的であり大切な思い出なのだ。
「まぁ、寝る子は育つと言うがのう…」
くつくつ笑いながら十六夜は壱に手を差し伸べる。壱はその手を掴み起こしてもらう。
「さぁ壱。新たな仕事じゃ!早速向かうかのう」
十六夜は退魔師として各地を転々としている。勿論壱も十六夜と一緒に行動している。
各地を転々とすることに嫌気がさしたことなど一度もなかった。それは十六夜が一緒にいるからなのだろう。退魔師なのに妖と人との共存の道を目指しているこの彼の優しさに壱は安らぎを覚えていた。
退魔師として働く十六夜に壱はどこまでも付いていく。これはきっと何年経っても変わらないだろう。彼が人間たちに好意を抱いているように壱もまた彼に好意を抱いているのだから。
春が見せた思い出
(ところで壱。何の夢を見てたんじゃ?何だか幸せそうじゃったぞ?)
(!?)