短編小説
□二人の春
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長かった冬が明け、雪解けの地の隙間から春を待ちわびていた新芽が一斉に顔を出す。小鳥はさえずり、元気よく大空を背に翼を広げ羽ばたいている。勿論春を待ちわびていたのは新芽や小鳥たちだけではない。
屋敷の縁側に腰を掛け、庭に植えてある桜の木を見上げている人物がいた。銀色と藤色の不思議な髪色をした人物─朔夜だ。
朔夜は、まだ小さな蕾しか付けていない桜の木を目を細め、いとおしそうに見ていた。
「今年も立派な華を咲かせるがいい……」
まるで桜に語りかけるように言葉を漏らすと、隣でクスクスと遠慮がちに笑う声が聞こえて来た。
「桜よ…。何がそんなにも可笑しいんだ」
「申し訳ございません。ただ、桜の木に話し掛ける朔夜様が微笑ましくて」
桜と呼ばれたこの女性。名を桜姫と云う。漆黒の艶やかな髪に桃色の羽織りを羽織っており、一見どこかの姫君と間違えてしまいそうだ。
桜姫持っていた茶菓子を置き、朔夜の隣へと腰を掛ける。
「朔夜様は本当に桜の木がお好きなのですね」
「無論だ。だが桜の木が好きになったのはお前のお陰だ」
元々桜の木になど興味など無かった。むしろ自然に興味がなかったと言った方がしっくりくるだろう。だが桜に出会い、他を慈しむ感情を覚えた。そしてその感情は次第に桜をいとおしく思う感情へと変わっていった。
「俺が変われたのは桜。お前のお陰だ。感謝している」
「いいえいいえ。桜は何もしてはおりません。桜はただ、朔夜様の側にいただけでございます」
そう彼女は……。桜はいつも己の側に居てくれた。昔から身体が弱い自分は多々寝込むことがあった。そのつど桜は、この屋敷に訪ねて来ては見舞ってくれた。
「フッ…俺は果報者だな」
「何がでございますか?」
「いや、独り言だ。それより……」
朔夜はそっと桜姫の手の甲に己の手のひらを重ねる。
普段の朔夜ならこのような行動は決してありえない。故に朔夜の突然の行動に桜姫は瞳を丸くしながら頬を朱色に染める。
「ど、どうしたのですか朔夜様?」
恥ずかしがっているためか、声が裏返っている桜姫。しかしそんな一面も愛らしいと朔夜は思った。
朔夜は桜姫に向き直るとゆっくりと口を開いた。
「桜……」
「は、はい…」
普段とは違う朔夜の雰囲気に桜姫は緊張を隠せないでいる。しかし朔夜は真っ直ぐに桜姫を見つめ続ける。
「……桜よ。俺はお前を……永遠の俺の伴侶にしたいと思っている」
「朔夜様……」
紛れもない結婚の申し込みであった。朔夜は照れているのか、プイッと桜姫から視線を反らす。そんな朔夜の一方、桜姫は突然の朔夜の告白に顔を先程より赤く染める。
「……返事は急がん。だがお前の率直な気持ちを聞かせて欲しい」
顔を背けたままだったが、きっと朔夜の顔も桜姫と同じ赤色に染まっているのだろう。
「…朔夜様……私は…」
二人の春
(この桜めでよろしければ……。ふ、不束者ですがよろしくお願い致します)
(そうか。俺はやはり果報者だな……)