短編小説

□小さき花
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「朔夜さまー!!」

朝っぱらから屋敷内に塞の神の声が響き渡る。勿論、この屋敷の主である朔夜にも塞の神の声は届いていた。
パタパタと廊下を走る音が朔夜のいる室に近付いて来るのがわかる。

あれほど廊下を走るなと言ったにも関わらず、塞の神は毎度毎度廊下を走ってやって来る。いい加減学習してほしいものだ。
朔夜は呆れた溜め息を漏らす。それと同じくして自室の戸が勢いよく開かれ、また朔夜は溜め息を漏らし、視線を開かれた戸に移す。そこには桃色の衣装に華の髪飾りを付けた少女─塞の神が立っていた。
塞の神は朔夜を見るなりすぐに朔夜の側に近寄る。

「朔夜さま…聞きました。また倒れたって……。朔夜さま身体弱いんだからジッとしてないとダメだよ!」

心配そうに塞の神は朔夜の顔を覗きこんだ。
朔夜が体調を崩すことは度々あるが、意識を失うほど酷いのは滅多にない。それゆえに塞の神は朔夜を心配しているのだ。

朔夜は布団から上半身を起こした状態で塞の神を見た。半場覚醒していなかった意識も塞の神の声の大声で覚醒した。

「塞。うるさいぞ…。お前はもう少しおしとやかに出来んのか?」

「うーん。無理だよ…。生まれつきあたし元気ですから!」

いつもどこでも元気な塞の神にうんざり気味の朔夜だが、それでも塞の神の話には付き合ってやっていた。しかし話と言っても塞の神が一人で話すだけであって朔夜はただ聞いているだけである。
ボーと適当に塞の神の話を受け流していると寝巻きの袖を引っ張られる感覚がして袖の方に視線を移した。

「朔夜さま?聞いてますか?」

「塞、袖を引っ張るな。話なら聞いてやっているであろう」

「じゃあ、さっきあたしが話してたこと言ってみて!」

「…………」

適当に話を聞き逃がしていた朔夜が塞の神が話していた話の内容など覚えている訳がなかった。

「もう、朔夜さまはいつもそうなんだから。まぁ朔夜さまらしいけど…」

「らしいとは何だ。それより俺に何用だ?何か用があって来たのだろう…」

そう。塞の神は朔夜に用があってやって来たのだ。まぁ、用がなくとも毎日毎日飽きもせずに朔夜の元へとやって来るのだが……。

「朔夜さまが倒れたって聞いたから、はいこれ」

「何だこれは…」

塞の神が朔夜に差し出したのは色とりどりの小さな菓子であった。星のような形をしたこの菓子は金平糖だ。
朔夜は何故塞の神が自分に金平糖を差し出すのか訳がわからず塞の神を見る。すると塞の神は朔夜に満悦の笑みを浮かべ、朔夜の手のひらに金平糖を1つずつ置いていった。

「この前朔夜さまとお出かけした時に朔夜さま、あたしにお小遣いくれたでしょ?その時のお金で買って来たんだよ。疲れた時には甘いものが一番だってお店のおじちゃんも言ってたし」

「で、金平糖を買って来たと?馬鹿か。あの金はお前のためにやったんだ。それを俺のために……。良いか?次からは自分のためになるものを買え」

「じゃ、これなら良いですか?」

そう言うと塞の神は朔夜の手のひらから金平糖を数粒取りパクリと食べた。

「塞?」

「この金平糖はあたしが食べたかったから買いました。だから朔夜さまにはお裾分け!」

金平糖は自分が食べたかったからと言い張り、何故か誇らしげな塞の神に朔夜はただ呆れる。
どう考えても朔夜のために金平糖を買って来たことなど目に見えている。

「お前はつくづく物わかりが悪い。だが……お前の気持ち、有難く受け取っておこう」

「朔夜さま〜!」

まさか朔夜から礼を述べられるとは思ってなどいなかった塞の神は嬉しさのあまり朔夜に抱きついた。

「離れろ塞。俺は病人だ」

「あ、ごめんなさい」

謝りはするものの、塞の神の表情は笑顔に満ち溢れていた。そんな無邪気な笑顔を向けられた朔夜は今はもういない亡き恋人を思い浮かべるのだった。





小さき花






(朔夜さま〜!金平糖のおかわりどうですか?)
(いや…もういらぬ……)


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