短編小説

□桜の守り人
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桜が咲く頃にまたこの場所に共に来ようと言ったのはどちらだったか……。
もう、何十年いや…何百年も前の事だっただろうか?

大きな桜の木の前に朔夜は佇んでいた。
見上げれば10メートル近く有ろう桜の木は今年も満開の花を咲かせた。桜の花が咲く頃になると朔夜はこうして一人で桜を見に来る。もう、毎年のことだ。

「桜(おう)、お前も見ているか?この満開の桜を…」

静かに瞳を閉じ、風を感じれば桜姫がそこに居る気がした。しかし、現に彼女は居ない。それもそうだ彼女は当の昔に死んだのだから。

「お前がいなくなって俺は変わった…。今の俺をお前が見ればどう思うのだろうな?」

朔夜は桜の木に向かって話す。独り言だと言えば独り言だ。しかし朔夜にとってこの桜は特別だ。桜姫と二人で一緒に植えた特別な桜…。名を“桜花”と言う。
桜姫の形見の品がない朔夜にとって、この桜花が唯一の形見だ。そして桜花に桜姫を重ねている。

「桜花よ…。桜を失った俺にとって、お前だけが俺にとっての最後の生きる希望だ」

しかし生きる希望とはよく言ったものだ。自分の命などあと数年ぐらいしか残っていないと言うのに…。ここ最近は少し外出するだけでとても疲れる。挙げ句の果てには吐血までするようになった。勿論、この場に来るだけでも相当の体力を消費する。それでも決して朔夜はこの場に来る事を辞めはしなかった。

「桜。俺も近いうちにそちらに行くことになるだろう。待っていてくれなどと戯れ言は言わん。ただ……俺はもう少しこの桜を見ていたいのだ」

いや、見ていたいのではない。守ってやりたいの間違いかもしれない。桜の木は繊細だ、だからこそ誰かが守ってやらなければならない。自分が死んでしまっては桜は…桜花はどうなる?

「桜よ…。俺はまだ死ぬわけにはいかん。暫くは俺の我が儘を許して欲しい」

再び桜花を見上げれば、誇らしく咲いていた桜の花びらが風に乗って朔夜の頭に付いた。
朔夜は頭に付いた花びらを取り、フッと笑った。そしてその花びらは再び風に乗って大空へと舞った。






桜の守り人







(この命が尽きるまで、俺は桜花を…街に咲き乱れる桜たちを守ろう)



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