テキスト

□対戦
3ページ/3ページ


「蔦をいちいち切り刻んで、御苦労な事
だ。その間、私はゆっくり呪文の詠唱を
させて貰ったぞ」

「……! しまった、さっきのは囮ある
か…!」

ようやくルゼリオの策略に気付くも、時
すでに遅し。
突如、玉泉の頭上に夥しい数の桜の花び
らが舞い上がった。
ひらひら舞い踊る花びらは儚げでありつ
つも何処か刹那的な美しささえ孕んでい
て。

いきなりの事に何事かと警戒心を一層強
める玉泉であるが、桜の花びらの美しさ
に一瞬とは言え目を奪われたのも事実で

しかし、綺麗な花程痛い棘があるもの。
あれだけ妖艶な舞を披露していた桜の花
びらが、突如鋭い牙を剥いたのだ。

ひらひら舞い落ちる花びらが突如鋭い氷
の刃へと姿を変え、凄まじい速度で空を
切りながら玉泉へと襲い掛かる。
しかも、それが一つや二つならまだ対処
の仕様もあるが、頭上から舞い降りる花
びらは無数にあるのだから始末に負えな
い。

「避けられるものなら、避けてみると良
い。…流石に、これだけの大がかりな魔
術を発動させるには、骨を折ったがな…


勝利を確信し、自信に満ち溢れた笑みを
口元に浮かべるルゼリオ。
しかし、勝利に酔うには些か早すぎたよ
うだ。

「まだ…これで終わりだと思わない事あ
るよ」

玉泉の双眸には、未だ闘志の炎は燃え尽
きず。
降り注ぐ無数の氷の刃を潜り抜けるよう
に俊足でその場を駆け抜ける。
一気に刃が襲い掛かるならまだ対処のし
ようがあるものの、ひらひらと不規則な
動きを見せる桜の花びらが突如刃へと姿
を変えるのだからえげつない事この上な
い。
だが、玉泉はその変則的な動きを瞬時に
見抜いてそれから逃れるような足運びを
するのだから、圧倒というより他無い。

まさか此処までの動きをするとは思って
いなかったらしいルゼリオが一瞬唖然と
するのを、玉泉は見逃さなかった。
その一瞬の隙に一気に踏み込んでルゼリ
オの間合いへ駆け出せば、そのままの勢
いで右腕を繰り出した。

交差する二つの瞳。
勝利を確信した玉泉の右腕はルゼリオの
胸すれすれのところまで突き立てられ、
恐らくはギリギリの所で寸止めしたのだ
ろう。

だが、玉泉の額には汗が浮かぶ。
──そう、彼はわざとすんでの所で腕を
止めたのではない。

自分の首筋に淡い光を放つ小ぶりの刃が
突き立てられた為、思わず動きを止めて
しまったのだ。
その刃はルゼリオの手のひらから生み出
されており、それを操ったのは彼自身。
互いに、ほぼ同時に攻撃を繰り出したの
だ。

「…はい、それまでですね。この勝負、
引き分けって事にしときましょう」

不意に緋影の方から声が上がる。
他の3人はハッとなって無意識のうちに
彼へと視線をずらせば、3人の注目を浴
びてもまるで気にする素振り無くしれっ
と涼しい顔つきの緋影。

「いや、引き分けは無いあるよ。今のは
、どう見ても私の勝ちある」

「何を言うか、私の勝利に決まっている
だろう」

「そんな負け惜しみ言うなあるよ、潔く
負けを認めたら如何ある?」

「その言葉、一言一句そのまま貴様へ返
却する」

どちらも負けを認めたくないのか、それ
とも勝利を確信しているのか一歩も引き
下がる様子は無いらしい。
だんだん、子供の意地の張り合いになっ
てきたような気がするのは、最早気のせ
いではあるまい。

馬鹿馬鹿しい、付き合ってられるか…と
緋影がさじを投げようとしたその時、こ
のカオスな状況を打破したのは意外なも
のであった。

「もうっ、どっちが勝ちか負けかなんて
、そんなのどうでもいいじゃないですか
っ! お互いに健闘出来たのなら、それ
が一番ですよっ。それより皆さん、お腹
空いたでしょ? じゃーんっ、あたしサ
ンドイッチ作ってきたんですよ」

明るく透き通った声が辺りに響き渡る。
声の主──ユラハは些か強引に玉泉とル
ゼリオの不毛な喧嘩を一刀両断すれば、
腕に抱えたバスケットを一同の前で開け
てみせた。
シーチキン、ハム、レタス、卵、ジャム
…様々な具が挟んであるサンドイッチは
彩りも可愛らしく、見るだけで食欲をそ
そられる。
これには玉泉とルゼリオも心を奪われ、
どうやら一時休戦する事となったようだ


「おぉ〜、美味しそうなサンドイッチあ
るね。早速頂くあるよ」

「師匠達が長々と戦ってたから、俺もう
相当お腹減ってるんですよね。俺も貰お
うっと」

「ほう…馬鹿弟子にしては気が利くでは
ないか。魔術の腕は最悪だが、料理だけ
は人並みだからな、お前は」

「ちょっ、お師匠さまは何で普通に『美
味しそうなサンドイッチだな』って言え
ないんですかもうっ! そんな事言うな
らあげませんよっ!」

先程までの殺伐とした張り詰めた空気は
何処吹く風、サンドイッチを囲む一同の
間には長閑な風が吹き抜けていった。

END.
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ